Athena Press

 

よみがえる第一次大戦期のまなざし

立野 正裕 明治大学教授

 

 二十世紀の運命を決定することになった第一次大戦開戦から、ちょうど百年という歳月がめぐって来ている。当時の定期刊行物など多くの第一次資料が、海外現地の図書館や資料館に出かけなければ参照できず、研究者たちは長いあいだ隔靴掻痒の思いを禁じ得なかった。アティーナ・プレスの意欲的で良心的な企画により、順次刊行される運びとなった第一次大戦資料集は、この渇を大いに癒してくれることだろう。

 たとえば『マンチェスター・ガーディアン』紙による別冊『戦史』シリーズ全九巻(The "Manchester Guardian" History of the War, 9 vols.)などは、とくに興味深い資料と言わねばならない。同紙は現在の『ガーディアン』紙の前身にあたるが、当時から大衆におもねらず、つねに公平と質の高さを目ざしてきた。編集責任者のC・P・スコットを始め同紙の記者たちは、英国が中立の立場を取ることを開戦前は主張した。同紙が政府擁護に転じたのは開戦後のことである。すなわち当時の戦争の熱狂とそれに迎合する多くのジャーナリズムのなかで、相対的にではあれ、戦争の推移を客観的に見ようと努めたほとんど唯一のジャーナリズムが同紙だった。

 その格調の一端を示す一文が、一九一六年刊行の同『戦史』第四巻のなかにも見られる。「戦争詩人」ルパート・ブルック(1887-1915)の夭折を悼み、その詩を考察した次のようなくだりだ。

 「他人の命を軽視するのは厭うべきことだが、理想のため自らの命を軽んじるのは人間精神の高さの勝利であって、あらゆる道徳的良心と名誉を支持することである。ブルックの五つの詩に鳴り響いているのは、個人としてこの試練を受け入れた人間の喜びである。これらの詩編は人間の魂にじかに呼びかける。際物としての魅力をきっぱりと乗り越え、愛国主義の絶頂さえも超越する。」

 ブルックはダーダネルス海峡作戦に従軍の途次、エーゲ海で病没した。享年二十七歳だった。その生涯と詩の意義を、他の戦争詩人たちのそれとともに、同時代と現代の両方の視点から再考しなくてはならないと考えているわたしのような研究者には、このような視点はきわめて重要な意味を持つものだ。なぜなら、同時代のジャーナリストによって示されたその真摯さと真剣に向き合ってこそ、現代からの視点がはじめて可能になるからである。