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アメリカ黒人兵士たちの二つの戦争:アメリカ人として、そして黒人として…

藤永 康政 山口大学准教授

 

 アメリカが迎えた最初の国家総動員戦である第一次世界大戦、これはアメリカ黒人にとって、アメリカ社会、そして世界における自らの立ち位置を自問する一大契機となった。「世界を民主主義のために安全にする」、ウィルソン大統領はこう述べて戦争の大義を示したのだが、アメリカ黒人にしてみれば、民主主義とはアメリカ国内においても実現されていないものであり、わざわざ海を越えて「守り」に行くようなものではなかった。そこで、当時アメリカ社会党の若き活動家で、その後、「ワシントン大行進運動」の指導者として有名になるA・フィリップ・ランドルフはこう反論した。「世界を民主主義のために安全にしたいなら、ウィルソン大統領本人が戦地に行けばいい、われわれはむしろジョージアを民主主義にとって安全にする」。他方でしかし、あからさまな反戦の姿勢を採ることにも政治的・社会的なリスクがつきまとい、そして何よりも、「民主主義」が約束する価値そのものは、アメリカ黒人も否定できるものではなかった。ゆえに、W・E・B・デュボイスは、当時広く読まれていた全国黒人向上協会の機関誌『クライシス』で、こう号令を下す。「現下の戦争が続く限り、我々に特別な不満はしばし忘れ、民主主義のために闘っている同盟国の諸国民たちや白人の同胞と肩を並べて隊列を固めようではないか」。

 このように、黒人エリートの意見は二分されていたのであるが、従軍した黒人兵が40万人に上ったことに示されているように、ランドルフ流の反戦姿勢が多くの支持を得ていたわけではなく、その主流はあくまでも戦争に貢献することで「共和国市民としての価値」の証を立て、その後に政治社会の変革を目指す「路線」を採った。そのような熱く、またある意味では絶望的ですらある希望を抱えて従軍した黒人兵を待っていたのは、白人至上主義が蔓延する軍隊での劣悪な扱いと人種隔離であった。ここで「黒人兵」たちは、アメリカ人として、そして黒人として二つの戦争を闘うことを強いられることになる。

 その一方、第一次世界大戦の「黒人兵」といえば、フランス軍に組み入れられることで戦闘部隊として活躍する機会を得、その武功からフランスより叙勲されたニューヨーク第369連隊(通称「ハーレム・ヘル・ファイターズ」)の活躍が有名である。また、ジェイムズ・リース・ヨーロップ率いるその軍楽隊は、ヨーロッパの大衆に初めてジャズの調べを届けた楽団としても知られており、そのような華々しい活躍は、聞くところによると、現在、ウィル・スミスが映画化に着手しているようである。このような黒人兵たちの武勲は、黒人大衆のナショナリスト的矜恃を刺戟することになった。「アフリカはアフリカ人のもの」と呼号するガーヴィ主義が1920年代に擡頭することの遠因のひとつは、アメリカ人として、そして黒人として関わることになった第一次世界大戦の戦場にあったのだ。

 ここに復刊されるのは、このような第一次世界大戦の黒人部隊、92師団と93師団に関する貴重な史料である。これらは、人種主義への批判のみならず、当時の黒人にとっての愛国心の有り様、さらには萌芽期にあるブラック・ナショナリズムなど、第一次大戦が狭義の国家紛争以外のところでもったきわめて貴重な側面に光りを当ててくれてるであろう。

 以下、その内容を簡単に説明しよう。Part 1に組まれる第1巻から第3巻までは、当時のアメリカの文壇で活躍していた黒人エリートや知識人たち、それぞれ、ジャーナリストのW. Allison Sweeney、ハワード大学の黒人教授Kelly Miller、陸軍省特別補佐官の任にあったEmmett J. Scottによる従軍記録である。陸軍省からの協力を得て関連情報や資料が集められたこれら三巻が、比較的オフィシャルな性格の強いものだとすれば、第4巻に始まるPart 2ではその記録者の焦点は戦場にズームしていく。第4巻の著者 Addie E. HuntonとKathryn M. Johnsonは、女性参政権運動やソシアル・ワーカーとしての活動を持つ人物であり、同書には、YMCAの事業の一環として欧州派遣軍に従軍した経験が綴られている。彼女ら黒人女性活動家のフェミニストとしての感性や視点が、「人種意識の覚醒」を促したグローバルな大戦と複雑に交錯する諸相を浮かびあがらせてくれるであろう。第5巻所収の文献のひとつには、欧州の激戦地での黒人兵の生活が、部隊編成からアメリカ帰還までの全期間にわたって記録されており、またもうひとつには、大学の保険衛生局長を務めた人物の目から、戦闘のみならず兵営での衛生・福利厚生といった側面が細かに記載されている。第6巻所収の文献は著者が黒人部隊で将校を務めた「白人」である点に特質がある。これら白人将校の人種観も、同時代における「人種」の意味を分析するうえで興味深い史料となるであろう。第7巻は、「ハーレム・ヘル・ファイターズ」で大隊長を務めた人物による日誌に近い記録であり、この有名な黒人連隊の現存する記録のなかでもっともまとまったものである。