Athena Press

 

アメリカ生活文化史領域の名著の復刻を喜ぶ

濱田 雅子 元武庫川女子大学教授

 日常生活史に関する研究は欧米において、1960年代から盛んに行なわれている。古代エジプトやバビロニアやアッシリアはおろか、何と先史時代の日常生活に関する研究書も見られる。古代から近代のマテリアル・カルチャーや生活文化史が、注目を浴びている今日、アティーナ・プレスからアメリカ生活文化史領域の4冊の古典が復刻されるのは、誠に時宜を得ている。

 アメリカでは、アリス・モルス・アール(Alice Morse Earle, 18511911)は何と言ってもこの分野の草分けの作家であり、19世紀末から数々のアメリカ生活文化史の著作を世に問うた。なかでもHome Life in Colonial Days (1898)は珠玉の書といえよう。本書はアメリカの読者からも絶賛されており、家事や道具や住居や食べ物や景色や音など日常生活のあらゆる場面が、大変具体的に実証的に述べられ、植民地時代の人々の生活の様相を髣髴とさせてくれる。各章の内容は次のようである。

1.植民者の家 2.昔の灯り 3.台所用品 4.食事の世話 5.森や海の糧 6.インディアン・コーン 7.肉と飲料 8.亜麻の文化と糸紡ぎ 9.羊毛文化と糸紡ぎ、木綿に関する補遺 10.手織り 11.少女の仕事 12.植民者の衣服 13.ジャックナイフ産業 14.旅行、運送手段と宿屋 15.植民地の日曜日 16.植民地の近所づきあい 17.昔のフラワーガーデン。

 約140枚のイラストは不思議な道具やモノの実態や使い方の理解を大いに助けてくれる。特にニューイングランドとヴァージニアに力点が置かれている。読者は彼女が描く植民地時代の日常生活の魅力的な描写に魅了され、本書を読み終わると次は、Child Life in Colonial Days (1899)へと彼女が著した生活文化史の世界にどんどん引き込まれるであろう。

 Child Life in Colonial Daysは、アメリカ植民地時代の子どもの生活史であり、従来、欠落していた分野を埋めた価値高い一冊である。根源資料として、長年かけて彼女が収集した手紙や新聞や学校の教科書などから抽出された貴重な情報が各章ごとに、肖像画や写真やイラスト入りで紹介されている。全体構成は、1.赤ん坊 2.子ども服 3.学校と学校生活 4.女性教師と少女の学者 5.角本と祈禱書 6.学校の教科書 7.ペンマンシップと手紙 8.日記と平凡な本 9.子どもの早熟性 10.昔のしつけ 11.マナーと礼儀 12.宗教思想と訓練 13.宗教書 14.物語と絵本 15.子どもの勤勉さ 16.針仕事と装飾芸術 17.ゲームと娯楽 18.子どもの玩具 19.子どもの花の知識、である。

 本書では、「子どもとは何か」「子どもの教育のあり方」「子どもと宗教思想」「子どもの遊び」など、現代社会にも通じる子どもをめぐる問題が、ニューイングランドやヴァージニア植民地を舞台に大変示唆深く論じられている。

 エスター・シングルトン(Esther Singleton, 1865-1930)のDutch New York (1909)は、オランダ人が建設したニューネザーランド植民地を舞台とするアメリカ社会史である。本書では17世紀のニューアムステルダムへのオランダ人の植民やその後の繁栄の様子が、当時の記録に基づいて、具体的に描かれている。各章の内容は次のとおりである。

1.植民とニューネザーランドの初期の状態 2.ニューアムステルダムの果樹園、庭園、家、街路 3.衣裳 4.部屋と家具 5.絵画、銀製品、中国製品、ガラス製品、および珍品 6.ニューアムステルダムの家事 7.召使と奴隷 8.教育 9.宗教、迫害、迷信 10.求婚と結婚 11.医者、外科医、誕生と死 12.居酒屋と物品税法 13.スポーツ、祭り、娯楽 14.商人と貿易。

 全体で約50枚のモノクロのイラスト入りで、家、港を描いた古画、庭園、市長の邸宅、学校のイラスト、ドルハウス、花、陶器などのイラストから、今日のニューヨークの前身であるアムステルダムの生活文化や生活のあり様が資料をとおして、如実に浮かび上がってくる。

 上述の著と同じ著者Esther SingletonSocial New York under the Georges, 1714-1776 (1902)は、ジョージ1世支配期からのニューヨークの生活文化を扱った著作である。周知のように、1664年に第二次蘭英戦争でオランダがイギリスに敗れて、ニューアムステルダムをイギリスに奪われ、イングランド国王チャールズ2世は弟ヨーク公にこの地を与えて、領主植民地ニューヨークを設立した。本書の舞台は、1714年のジョージ1世の即位からアメリカ独立革命前夜までのマンハッタンである。著者は、ニューヨークがイギリス文化の影響を強く受けながら、今日のニューヨークの歴史的基礎を築きあげていく大変興味深い歴史の局面を、生活文化の面から生き生きと描き出している。資料としては昔の手紙や日記や財産目録や新聞や絵画が用いられている。各章の内容は次のとおりである。

1.小都市の外観 2.家と家具 3.テーブル 4.衣裳と男性 5.女性の衣裳、6.余興 7.マナー、食べ物と文化。

 家具や食器類や衣裳や楽器など生活用品の数々を描いた約135枚のイラストはが掲載され、ニューヨークの上流階級人の贅を尽くした生活ぶりが窺い知れる。

 以上にその概要を紹介した4種の古典は、Athena Library of American Studiesのシリーズとして復刻されるとのことであるが、これらの貴重な生活文化史の古典が今後、わが国の図書館や研究室で大いに活用され、この領域の研究の発展に寄与されることを願い、ここに推薦させていただく次第である。