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アメリカ化の淵源

中尾 秀博 中央大学教授

 

 アメリカ合衆国の起源に南北ふたつのシナリオがあることは有名な話だ。

 1607年を起源とする南部と、1620年を起源とする北部は、それぞれ経済と宗教に駆動されたアングロ・サクソンが、大西洋を越えて最初に到着した地域である。  

 このたび復刻されるアメリカ研究シリーズ13「スポーツの発展」の第52巻American Sports, 1785-1835 (1931)は、建国後の50年を切り取って、若いアメリカのスポーツ事情を手堅く概観している。南北ふたつの起源が両地域のスポーツ振興に与えた影響にも言及があり、(オープンな南部とは対照的に)禁欲で知られる北部のピューリタニズムはスポーツも禁止し、神学校として創設されたハーバード、イェールでは「カレッジ・スポーツ」はあり得なかったという。理性の時代に移ると、たとえばベンジャミン・フランクリンは、得意の合理主義精神で、「全人教育」の手段としてスポーツを奨励していたそうだ。やがて19世紀後半から世紀末に向けて急激に高まるスポーツ情報の需要に応えたのが、第49巻The Tribune Book of Open-Air Sports (1887)になる。

  第50巻The Book of Sport(1901)で、テニスやゴルフと並んで重点的に扱われている種目が、「ポロ」や「狐狩り」といった馬上のスポーツである点に、当時のスポーツ事情が表れている。本書では英国起源のものに特化し、英米の差異を記述している。アメリカ性を主張しつつもイギリスを羨んでみたり、発祥の地に敬意を表しながら自国の独自の発展ぶりを自慢したりと、自負と羨望が交錯しているので、その屈折や揺らぎを読み取るのも興味深い。種目ごとに担当するチャンピオンや専門家の執筆スタイルのヴァリエーションも愉しめるだろう。  第51巻The Book of School and College Sports (1904)の献辞は“Sport for Sport’s Sake”となっている。著者Ralph Henry Barbourが少年向けのスポーツ小説家を本業としていたことを知れば、スポーツへの偏愛ぶりも納得できる。当時の人気を反映して、著述の中心はアメリカン・フットボールとベースボールになっている。フォーメーションの図解やルールの解説は、スポーツ史の資料としても有益だろう。付録のハーバード=イェール対抗戦協定に再録されている出場選手資格が、執拗に学業成果のチェックを詰めている点にピューリタニズム時代の残滓を見いだすことも可能かもしれない。

  第53巻America’s National Game (1911)は、本シリーズの眼目と呼べるだろう。「アメリカの国技」とはベースボール(本書では “Base Ball”と分かち書きされている)のことで、著者のA. G. Spaldingは、強大なスポーツ用品メーカーの創業者になる前に、最初期の大リーガーだった人物で、ピッチャーとしての生涯勝率79.5%は歴代一位を誇る。

  戦場でも、監獄でも、ベースボールに興じる「国民性」を寿ぐスポルディングは、諸外国に目を転じると、“the Orient”では大日本帝国の臣民“the little brown men”のベースボール熱と熟達度に感心し、やがて彼らが因習の軛から解放されることを予告する。プエルトリコやフィリピンなどの“our insular possessions”には、アメリカ兵の手ほどきで現地にベースボールが普及し、「アメリカ化」が完成するパターンを見いだす。商魂逞しいスポルディング社のビジネスは、「国技」化をチャンスとして本土を網羅すると、星条旗の先導のもと、海原を越える。

  その後、反復されるこの「アメリカ化」のパターンの淵源は、大西洋を越えたアングロ・サクソンの血脈にあるのだろうか。