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女性の精神と肉体を解放するスポーツ

中尾 秀博 中央大学教授

 

 アメリカ合衆国の独立宣言のなかで最も有名な一文、“all men are created equal”の“men”には女性が含まれていない、と主張したのはエリザベス・スタントンだった。「平等」を保障されているのは、本来「すべての人間」であるべきだが、現実は「すべての男性」に限られている、と。法律上の男女平等を求めたDeclaration of Sentiments and Resolutions は、スタントンが起草し、ニューヨーク州セネカ・フォールズで開催された「女性の権利会議」で採択された。独立宣言から72年後の1848年、かの一文はスタントンによって、“all men and women are created equal”と修正された。

  現在、女性スポーツの分野で圧倒的な優位に立つアメリカ合衆国の原点は、 エリザベス・スタントンの「セネカ・フォールズ会議」での主張にあるのかもしれない。1972年に連邦議会で承認された「男女教育機会均等法」、通称「タイトル・ナイン」もその延長線上にある。タイトル・ナインがきわめて厳密に実施されたおかげで、女性スポーツの振興は目覚ましく、国際的競争力が飛躍的に向上したことはよく知られている。

  このたび復刻されるアメリカ研究シリーズ14「女性のスポーツ」は、スタントンの歴史的主張と現在の隆盛とを橋渡しする20世紀初頭に刊行された4冊で構成されている。

  エリザベス・ミラーが考案した女性用の「解放されたファッション」を、アメリア・ブルーマが普及させたのは、セネカ・フォールズ会議から数年後の1850年代前半のことだが、ふたりがエリザベス・スタントンの同志であったことは偶然ではない。当初はスカートの下に着用されていたが、やがてスカート無しの運動用「ブルーマ」として普及する。第55巻のAthletics and Out-Door Sports for Women (1903)と第56巻のExercises for Women (1914)には、準備運動や基礎トレーニングの章が設けられており、豊富な写真やイラストが重要な役割を果たしているのだが、実演者たちは一様にブルーマ姿である。そんな歴史的なブルーマをはじめ、資料的にも貴重な当時の写真やイラストが克明に復刻されている点は本シリーズの大きな魅力と言えるだろう。

  エリザベス・スタントンの強力な同志として有名なスーザン・アンソニーは、1890年代に出現した自転車に乗る女性を女性解放の象徴として祝福した。本シリーズの原典が刊行される直前の時代の雰囲気が伝わってくるエピソードだ。第54巻のThe Woman’s Book of Sports (1901)の第5章「サイクリングの功罪」は、肉体と精神を解放する手段としてサイクリングを推奨し、風光明媚なカントリーサイドのツアーも紹介している。

  同書の第1章と第2章は、それぞれ「ゴルフの基礎」と「テニス入門」と題され、初めて女性の参加が認められた1900年のパリ・オリンピックでの実施種目に対応していたことが分かるのだが、最終章「女性の視点から見る男性スポーツ」で著者のJ. P. Paretが前提としている女性は、男性スポーツに無知な啓蒙すべき存在でしかない。著者に拠れば、女性にとってスポーツは、フランス語や数学をたしなむことと同列のお嬢さん芸にすぎず、スーザン・アンソニーの称揚する「何にも束縛されない闊達な女性像」からはほど遠い。

  ここでは主にスタントンの主張との関連から本シリーズを概観してきたが、原典となっているのは当時の状況に即して著された実践的な手引き書であるので、歴史的資料としての有用性はもちろんだが、他の観点から読み直すことで、新たな発見を導いてくれることはまちがいない。原典を忠実に復刻した本シリーズならではの発見を。