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百年の時を超えて蘇るアメリカの子どもたちの遊びの世界

石原 剛 早稲田大学教授

 人が人である限り遊ばずにはいられない。それはアメリカ人とて同じこと。特にアメリカの少年少女たちは実に魅力的な遊びの世界を展開してきた。そのことは、アメリカの小説や映画に親しんでいる人なら、多かれ少なかれ感じることであろう。ベースボールやフットボール、釣りや宝探し、スケートや雪合戦など、季節を超えて様々な遊びに興じるアメリカの子どもたちの生き生きとした姿は、小説や映画に繰り返し登場してきた定番ともいえるイメージだ。しかし、あえてここで問いたい。「本当に私たちはアメリカの子どもたちの遊びの世界を理解しているだろうか」と。例えば、子どもを主役に据えた19世紀後半の代表的なアメリカ小説、マーク・トウェインの『トム・ソーヤの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』はどうだろう。両作にはトムやハックが大河ミシシッピーで泳ぐ場面が何度も登場する。些末なことかもしれないが、彼らは一体どのような泳ぎ方していたのだろう。私などはトムやハックもきっとクロールや平泳ぎのような泳ぎ方をしていたのだろうと勝手に想像して理解したつもりになっていたが、本当にそうだったのだろうか。

 こういった素朴な疑問を解く手がかりを与えてくれるのが、このたび復刻されるアメリカ研究基本文献シリーズのパート15と16に渡る「アメリカ少年のスポーツとゲーム」だ。ここに集められているのは19世紀後半から20世紀初頭にかけてアメリカで出版されて人気を博した主に少年向けのスポーツとゲームのガイドブックである。ルールや遊び方の解説に加え、効果的な体の動かし方や道具の説明などが、多彩かつ豊富なイラストとともに各巻数百頁にわたって収録されている。例えば、先に触れた水泳に関する記述ひとつとっても、今ではあまり馴染みのない泳法などが見事な図版とともに詳細に説明されている。つまり全体を見渡すだけで、当時のアメリカの子どもたちの実に多様な遊びの姿とその時代的変遷が手に取るように分かる仕掛けだ。

 加えて、これらを通して当時のアメリカ社会の実像に迫ることも楽しい。例えば、19世紀後半以降、アメリカでは男らしさや規範意識の醸成に有用な活動として競技スポーツが注目され、その結果、学校やYMCAといった組織が中心となって、スポーツへの積極的な参加を少年たちに強く促していった。ここにあるのはいずれも、そういったスポーツの規範化による子どもの教化がアメリカで急速に浸透した時代の産物であり、各巻を読むことで、当時のアメリカの大人たちがスポーツを通して自国の少年たちに何を期待し求めていたのかが見えてくる。

 それでは、各巻の特徴はみてみよう。第57巻The American Boy’s Book of Sports and Games(1864年)は、金文字をあしらった装丁と600枚もの見事な挿絵が収録され、全体は600頁にも及ぶスポーツと遊びの豪華な解説書だ。アメリカ発祥のベースボールよりも、ヨーロッパ起源のクリケットやフェンシングの解説により多くの紙幅を費やしているあたりにヨーロッパの文化的影響の強かった時代の雰囲気を感じさせる。その他、各種ゲームや動物の詳細な解説まで記載した百科事典的な網羅的な記述がなされているのが特徴だ。

 続く第58巻The Sports and Pastimes of American Boys (1884年)も多彩な挿絵をあしらった300頁ほどの見て楽しい本だ。例えば、ベースボールを「アメリカの国家的ゲーム」と題してクリケットより前において紹介し、詳細な説明をしているあたりにベースボールが急速に普及していった当時の様子が想像できる。一方、続く第59巻The American Boy’s Book of Sport (1896年)は各種スポーツの解説に特化した500頁ほどのガイドブックだが、春夏秋冬と季節ごとに分けてスポーツを分類しているところが新しい。敢えてベースボールのような普及したスポーツの説明は避けてその母体となったタウンボールなど歴史的な競技の解説をしている点なども面白い。

 さらに第60巻Sports and Games (1903年)と第61巻The Boys' Book of Sports (1917年)はともに20世紀に初頭に出版された400頁を超える本だ。前者は少年に限らず少女の読者も念頭においているため、綾取りといった室内ゲームの解説にも多くの頁を割いている点が他の本にはない特徴だ。一方、後者の魅力はなんといっても激しい動きを瞬間的にとらえた躍動感ある写真を豊富に収録している点で、20世紀における写真と印刷技術の発達を感じさせる。また、タイ・カッブなどベースボールのスター選手の写真も多数収録され、当時のメジャーリーグ人気を色濃く反映している点も真新しい。

 最後の62巻、63巻を構成するのはThe Young Folks' Cyclopeædia of Games and Sports (1890年)。19世紀末に発行された子どものスポーツと遊びに関する総合百科事典を2巻に分けて復刻したもので、細かい活字をびっしりと組んだ両巻合わせて800頁を超える大冊だ。室内、室外、男女問わずありとあらゆる競技とゲームが実に美しい挿絵とともに説明され、類書を寄せ付けない網羅的な記述がなされている。すべての項目がABC順に配置されているので必要な情報に瞬時にアクセスできるだけでなく、巻末の索引も実に充実している。19世紀のアメリカ児童文学作品などを読む際には、信頼できる参考書としても役立つであろう。

 今回、見事に復刻されたこれらのガイドブックは、かつてアメリカに生きた沢山の子どもたちが、遊びやスポーツへのワクワクする思いを胸に汗や手あかをつけながら何度もひもといたに違いない書物である。それだけに当時のアメリカの子どもたちの息遣いを間近に感じられる実に魅力的なコレクションだ。アメリカの児童文学や子どもの歴史に関心を寄せる者にとってはまさに貴重な情報源となるであろう。