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アメリカ映画の発展史を通して探るアメリカ研究の可能性

中垣 恒太郎 大東文化大学教授

 

 20世紀後半から21世紀初頭にかけてアメリカ初期映画研究を取り巻く状況が劇的に様変わりしており、初期映画作品のデジタル・リマスター化、DVD(ブルーレイ)などによる作品のパッケージ化、オンライン上での作品視聴環境の整備などが進められ、現在なおも発展の途上にある。アメリカ合衆国議会によって1988年に制定された国立フィルム保存法(National Film Preservation Act)は4年毎の時限法として見直しが進められてきており、1996年には非営利団体としてフィルム保存財団(National Film Preservation Foundation)が創設され、アーカイブ・プロジェクト研究の成果として、初期映画のオムニバスDVD集(Treasures from American Film Archives, 2005など)を積極的に刊行するなど、作品の修復、保存、アーカイブ化を積極的に展開している。日本においても特定非営利活動法人「映画保存協会」(2006年に東京都により認証)などによって、映画フィルムの保存、修復や映画作品をもとにした啓蒙活動がなされており、世界的な動向と言えるものであるが、アメリカ議会図書館に永久保存するフィルムを選択し、保存する「アメリカ国立フィルム登録簿」(National Film Registry)制度(2013年までに625作品を登録)をはじめ、初期アメリカ映画研究をめぐる状況は、国家事業を反映し、アメリカのフィルム遺産の多様性を継承しようとする姿勢に最大の特色がある。

 このようにアメリカ初期映画史および映画産業史を再考する土壌が今まさに整いつつある中で、このたびの復刻シリーズでは初期アメリカ映画研究に関する基礎文献をそれぞれ「映画製作」、「映画業界」、「映画論」の3つの観点からアンソロジーが編まれ、映画産業の黎明期における同時代の証言、言説史がここから浮かび上がってくる。

 「映画製作」をテーマに据えた「Part 17 アメリカ映画:初期の映画製作」(全3巻)は、トーキー(有声)映画への移行直前期に相当する1927年までの文献を扱っており、いかにして映画がアメリカ最大の娯楽文化として成長していったのかを様々な見地から考えるための素材を提供してくれる。「ハリウッド映画」と総称されるに至る映画製作の拠点として、東海岸やシカゴからハリウッドに映画製作の現場が移行するのは1910年代のことであるが、その背景には「エジソン・トラスト」とも呼ばれた特許の独占状況から逃れる狙いもあった。さらに、第一次世界大戦により疲弊していくヨーロッパの経済状況に比して、アメリカは自動車産業に代表される大量生産、大企業化をはじめ、工業力、金融面でも繁栄が続き、「狂騒の20年代」を迎えていく。最初の長編映画(上映時間74分)とされるセシル・B・デミルによる西部劇映画『スコウ・マン』(The Squaw Man, 1914)や『チート』(The Cheat, 1915)、上映時間165分に及ぶ堂々たる長編大作、D.・W・グリフィスによる『國民の創生』(The Birth of a Nation, 1915)や『イントレランス』(Intolerance, 1916)、さらに習作時代を経た後に自身のスタジオを創設し、『犬の生活』(A Dog’s Life, 1918)をはじめとする「放浪者」連作群で絶大な人気を誇ったチャップリンなど劇映画の水準は短期間で飛躍的に向上し、映画は産業としても芸術としてもアメリカを代表とする文化となっていく。合理性を追求した分業制で知られるハリウッドの製作システム、スター俳優を軸に映画製作の手法を確立していった「スター・システム」の形成過程、映画制作技法の開発、発展の模索期の様子などを同時代の資料をもとに探ることができる点が本復刻シリーズの醍醐味と言える。

 中でも白眉となるのが、映画産業で当時、主導的な役割を担っていた14名によるハーバード・ビジネス・スクールでの講演をまとめた、The Story of the Films (1927)であり、現在の20世紀フォックスの前身会社を創設したウィリアム・フォックス(1879-1952)、ワーナー・ブラザーズの設立者の一人、ハリー・ワーナー(1881-1958)、自主規制のコード「ヘイズ・コード」で知られるウィリアム・ヘイズ(1879-1954)、映画監督セシル・B・デミル(1881-1959)らが、折しも有声(トーキー)映画への移行直前期に、映画が産業として、芸術としてさらなる飛躍を遂げつつある只中に、どのように映画を捉えていたのかを一望できる貴重な証言集となっている。編者であり、講演の主催者でもあったジョセフ・パトリック・ケネディ(1888-69)は、後の大統領JFK(1917-63)の父親であり、当時、なおも新興産業であった映画産業への積極的な投資を行っており、1926年にはハリウッドに移り、映画会社(Film Booking Offices of America)を買収後、自ら本格的に映画会社運営に乗り出していた。先鋭的な実業家であったジョセフ・ケネディが、映画の配給システムを含めて映画産業の行く末をどのように捉えていたのか、さらにはゴシップ的な関心からサイレント映画を代表する女優グロリア・スワンソン(1899-1983)とのスキャンダル、息子JFKをはじめとするケネディ家と映画産業との繋がりなどもあわせて興味深い資料である。

 映画研究者にとってこの復刻書に収録されている文献は、まとめて実際に手軽に読むことができる貴重な版となる。映画研究者のみならず、アメリカ研究者にとっても、本復刻書により、映画が産業および文化芸術として成長していく過程を通して、20世紀前半のアメリカにおける政治・経済・文化・歴史の状況を幅広く展望することができるであろう。