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アメリカ文化史をめぐる研究動向により浮かび上がるアメリカ映画文化史の古典的著作の魅力

中垣 恒太郎 大東文化大学教授

 

 初期アメリカ映画にまつわる復刻シリーズ第二弾(Part 18)は「アメリカ映画:初期の映画業界」(全4巻)として、映画の黎明期から有声(トーキー)映画への移行期に至るまでの、映画に関する言説史の基礎となる文献を収録している。

 映画史のみならず文学史、文化史は常に書き換えがなされるものであり、時代思潮の変遷をそこに探ることができるものでもある。本復刻版は映画史の古典的書物に位置づけられる、Lewis Jacobs The Rise of the American Film (1939)以前に遡り、映画にまつわる言説史の生成過程を検証することを可能とするだろう。

 本書に収録されている、Terry Ramsaye A Million and One Nights: A History of the Motion Picture (1926)は、映画にまつわる言説史の中でも影響力を持ちえた2巻におよぶ記念碑的書物であり、1960年代から70年代はじめにかけて、批判的読み直しも含めた初期映画にまつわる古典的な文献への注目の流れを受けて1964年にサイモン&シャスター社から再刊がなされている。テリー・ラムゼイ(1885-1954)はジャーナリストであり、ニュース映画のプロデュースから、広告・宣伝の代理業、映画館経営、民族誌的ドキュメンタリー映画制作など幅広く映画業界に関与した著者ならではの見地から、D・W・グリフィスやチャップリン、「アメリカの恋人」とも称されたサイレント映画時代の人気女優メアリー・ピックフォード(Mary Pickford, 1892-1979)らについて詳述するのみならず、映画の流通や特許についても多くの紙面を割いており、読者はそこから当時の映画業界の様子を窺うことができる。

 さらに遡り、Robert Grau The Theater of Science: A Volume of Progress and Achievement in the Motion Picture Industry (1914)は、1893年のシカゴ万博に出品されたキネトスコープの時代を含めた映画「前史」を扱っている点に特色があり、歌や踊り、演芸を含めたヴォードヴィルをはじめとする見世物文化との関連の中で、新しい大衆娯楽文化としての映画を捉えている。1905年から1915年ほどの間に隆盛した「ニッケルオデオン」と称される庶民的な映画館の興業の実態、観客層の様子や、映写される歌詞にあわせて観客が合唱していたと言われる鑑賞の仕方、ファン雑誌を含む業界誌についてなど、映画が大衆娯楽文化としてどのように生まれ、育まれていったのかを探る上で貴重な資料になっている。加藤幹郎『映画館と観客の文化史』(中公新書、2006)をはじめ、文化史の側面から映画を捉え直す今日の動向を踏まえれば、この書物を活用するための下地が十二分に整ったと言えるのではないか。豊富な図版の数々も興味深いものである。

 Benjamin B. Hampton A History of the Movies (1931)においてもまた、特許権や訴訟問題、企業買収など、映画を産業文化史の観点から捉える試みがなされ、スター・システムの生成過程、ちょうど導入がはじまるばかりとなる「ヘイズ・コード」に代表される検閲の動きの背景や同時代の反応、有声(トーキー)映画に対する将来の展望など映画をめぐる状況が新たな段階に進みつつある時代ならではの同時代の証言がどのようなものとなっているかを探る点こそが最大の読みどころとなるだろう。著者のベンジャミン・ハンプトン(1875-1932)が1907年から1911年まで編集に携わったHampton’s Magazineは企業のトラストや鉄道事業に関する社会問題、女性参政権運動の提唱など政治・社会の不正を糾弾する「マックレイカー」を代表する雑誌として、セオドア・ドライサー、ジャック・ロンドンらも寄稿し、ハンプトンはアップトン・シンクレアと生涯に渡る交友を持った。さらに彼は映画制作にも関与しており、監督・脚本をつとめた『恋はめぐる』(A Certain Young Man, 1921)は、金儲けに執心し、莫大な利益を築き上げるものの、その過程で妻と旧友を亡くしてしまったことから改心する男の物語であり、松竹により日本でも上映がなされている。この文献もまた、映画史としての関心だけではなく、マスメディア、出版史までをも含めたアメリカのメディア文化史による近年の研究動向を参照することにより、一層の味わいが増すであろう古典的文献である。

 1970年代後半以降に顕著に示される映画史の再形成、映画理論、映画研究にまつわる教育方法の制度化の動向を参照することによって、本復刻シリーズの著作からアメリカ初期映画の言説史の生成過程を再検討することができる。さらにマスメディア史、大衆娯楽の産業発展史などの観点を導入することで、本復刻シリーズは映画文化史、アメリカ大衆文化史を再構築する上で貴重な基礎文献となるにちがいない。