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アメリカ服飾史の草分けともいえる古典的な名著の復刻を喜ぶ

濱田 雅子 元武庫川女子大学教授

 アメリカ服飾史の研究書は欧米でも僅少である。確かに、アメリカの服飾のルーツは所詮ヨーロッパであり、ヨーロッパの分家であるアメリカの服飾は、敢えて繙く必要はないという見方もある。だが、実際にはアメリカ史に見るアメリカ人の装いは、彼らの生き方や彼らが自らをどう考え、社会階級や職業にどのように組織されたかを非常によく反映している。人種、民族、階級、ジェンダーの観点からみて、メルティング・ポットとしてのアメリカにはアメリカ特有の服飾社会史がある。そのような意味で、アメリカ服飾史の草分けともいえる二冊の古典的な名著、Alice Morse Earle, Two Centuries of Costume in America, 16201820  (1903) および、Elizabeth McClellan, Historic Dress in America, 16071870  (1904, 1910) が、この度、アティーナ・プレスから復刻版として上梓されることは、わが国におけるアメリカ服飾史研究や歴史学や文学など関連分野の研究の促進に大いに貢献しうるものと確信する。

 アリス・モルス・アール(Alice Morse Earle, 18511911)はマサチューセッツ州、ウースター生まれの作家であり、古物研究家である。The Sabbath in Puritan New England (1891) で大成功をおさめて以来、大変、精力的に著述活動に取り組み、数多くのアメリカ生活文化史を世に送り出した。1903年に出版されたTwo Centuries of Costume in America, 16201820は、それまで見過ごされてきた服飾の分野に全般的に照射したアメリカ服飾史の体系的な専門書である。17世紀初頭の植民地形成期から1820年に至る時期の服飾史が、ピューリタンとピルグリムの衣服、ニューイングランド・マザーズのドレスなど植民者の衣服を彼女特有の視点から、ヨーロッパの服飾と比較して論じるところから始まる。全体的には襞衿とバンド、髭、パタンやクロッグなどのはきもの、かつら(PerukesPeriwigs)、女性のヘアー、ポケットなど衣服や装飾品のひとつひとつのアイテムが実に克明に解説されている。また、昔の子ども服、クエーカー教徒の服装、婚礼衣裳、ファッション・ドールとファッション・プレートなどテーマ別の展開も興味深い。約350枚の肖像画や衣装の実物の写真やイラストやスケッチには典拠も示され、服飾の理解に大いに役立つ。

 アリス・モルス・アールの著に次いで脚光をあびたエリザベス・マクレラン(Elisabeth McClellan, 18511920)によるHistoric Dress in America は、植民地時代の最も初期の時期から1870年にかけてのアメリカの服装の発展をいきいきと概観している。本書の特色は次の5点に要約できるであろう。

  1. 上流階級のみならず、中流階級、下層階級の服装も扱っている。この点はエリートの服装のみを扱った書物とは相異なる特筆すべき特色である。

  2. アメリカの植民地史が史実に基づいて、まるで絵巻物のようにいきいきと平易に写し出されており、読者は本書から広義での「アメリカ史」の情報を入手できる。

  3. アメリカの17世紀から20世紀初頭にかけての豊富な文献を参照し、巻末には参考文献目録が掲載されている。

  4. 750枚(うち10枚はカラー)のイラストや肖像画やスケッチや衣装の実物の写真によって価値が高められ、わくわくするような読みやすいテキストになっている。

  5. 巻末には服飾用語辞典が掲載され、服装の専門的理解に役立つ。。

 今後の西洋服飾史のみならずアメリカ社会・文化史研究にとって基本史料であり、25年近く、アメリカ服飾社会史研究に携わってきたものとして、この両書の復刻を大変喜ばしく思う。