Athena Press

 

A History of Travel in Americaの復刻に寄せて

山里 勝己 琉球大学教授

 

 1620年、プリマスに上陸したウィリアム・ブラッドフォードは、「後ろをふり返ると自分たちが渡ってきた巨大な大洋があり」、眼前には「野獣と野蛮人がいる恐ろしい荒漠たる荒野」以外にはなにもない、と感じた。それから150年ほどにわたって、ユーロ・アメリカンの移住者たちは、東海岸の狭い地域に閉じこめられることになった。

 ブラッドフォードが見た「荒漠たる荒野」は、人を寄せつけぬ「広漠たるウィルダネス」であり、どこまでも果てしなく広がる深い森林であった。そのような森は、胴回り5メートル、高さは40〜50メートルにも及ぶような巨木に満ちた森であり、このような巨大な樹木の倒木が林床を覆っていた。また、そこにはさまざまな植物が生い茂り、行く手を阻んでいた。

 これが、初期のユーロ・アメリカンたちが直面した、北アメリカの自然の一断面である。これにいくつもの大河や巨大な山脈、広大な湖、延々と続く砂漠を加えると、大陸を横断する困難さが想像できるだろう。

 このような自然環境に直面しながら、人間はどのように移動したのであろうか? われわれが普通に眼にする北アメリカの旅行は、カウボーイたちの馬や、パイオニアたちの幌馬車といったステロタイプに限定されがちであるが、じつはネイティヴ・アメリカンやユーロ・アメリカンたちはさまざまな手段を用いて移動した。それは、現代のわれわれの想像を越える知恵と想像力のもたらしたものであり、先住民のトレールやカヌーの説明から大陸横断鉄道に至るまで、本書は豊富な図版と資料で大陸を移動するための手段を見せてくれる。

 大陸に到達したユーロ・アメリカンたちは食料だけでなく、交通手段もはじめは先住民から教わった。例えば、森の中を抜けていく先住民のトレールは、大陸を体験し始めた白人たちには重要な移動の手段であった。あるいは、森林が行く手を阻んでいるとすれば、白人たちはカヌーで川を行く方法を先住民から学んだ。そのようなカヌーはどのような材料を用いて、どのような方法で、どのような大きさで、どのような形を有する移動手段として製作されたか? 本書は、このような疑問に興味深い図版を用いて明快に答えてくれる。

 アメリカ史の中には、大規模な移動、または旅行の契機となったいくつかの出来事がある。例えば、(1)1787年〜1789年あたりに始まったオハイオを中心とする「北西部」への移住、(2)1807年〜1809年あたりの輸送手段としての蒸気機関の発達、(3)1828年〜1829年頃に始まる鉄道建設、(4)1848年から1849年にかけて始まったカリフォルニアのゴールド・ラッシュ、(5)そして1869年の大陸横断鉄道の完成などは、それに伴って北米大陸を移動する手段の大規模で急速な発達をもたらした。本書は、このような歴史の展開を、旅行史の視点から、あるいは移動手段発達史の視点から、約400点のイラスト、 12のカラー図版、2枚の地図でもって、懇切丁寧に説明する。

 しかし、このような「建国」の歴史を、移動手段の発達という物語だけで語ろうとするならば、それは最後には退屈なものになりかねない。本書を貴重な資料にしているものは、「旅行史」という枠組みに閉じこめられることなく、そのような旅行(=移動)の手段を創造した人物たちをも生き生きと描き出しながら、ユーロ・アメリカンの文化、理念、その移動する動機を語ろうとしていることであろう。

 本書は、旅行文学、アメリカ環境史、フロンティア研究だけでなく、アメリカ文学・文化全般を深く理解するためのきわめて貴重な資料になっていると言えよう。