Athena Press

 

古きニューイングランドの生活臭を蘇らせる好著の復刻

大西 直樹 国際基督教大学教授

 

 初期アメリカ研究に必要な第一次資料は最近のデジタル化によって、不便なマイクロフィルム閲覧から解放された。1820年までアメリカで出版されたものは、エヴァンズやシューメイカーの作り上げた網羅的文献リストを基礎に、日本にいながらにして、あるいは自分の書斎で調査研究できる環境が整ってきている。それ以外の資料としては、手筆原稿のまま残っている書簡や日記などがあるが、その調査には現地に赴くほかない。

 それらと同様、意外にも入手しにくく、初期アメリカの時代を身近に感じていながら、一次資料としての価値もなく、学問的に時代遅れになり忘れられているものが、19世紀後半から20世紀初頭に出版された著作である。主観的で印象的な判断が散見され歴史学に必須の客観性に(もと)るといわれるこれらの著作には、その時代の持っていた学問的方法論の限界が見られるのは当然であろう。しかし、その背後に、初期アメリカの文化、生活、人々の気質など、歴史学研究の二次資料からはなかなか伝わってこない具体的な生活感覚や生活臭が感じられるところがあり、そこに捨てがたい価値が存在している。

 つまり、すでにこれらを一次資料として対象にすることで展望の開ける研究の可能性が確実にある。初期アメリカのその当時は書物として印刷するまでもなく、人々の生活感覚の中に埋没されて、ただ受け継がれていたものが、次の世代によって思い起こされ出版されるということがある。例えば、メアリー・キャロライン・クロフォード(Mary Caroline Crawford, 18741936)のSocial Life in Old New England 1914) には、料理とか行事、服装や娯楽、子供の遊戯などの日常的な生活文化の細かい描写があり、その当時すでに忘れかけた風習や習慣には興味深い点がいろいろと散見できる。ことに、“Christmas under the Ban” という章があるが、ここにはニューイングランドのピューリタン色の強い地域ではクリスマス行事には聖書的根拠がないと禁じていたにもかかわらず、民衆レベルではクリスマスの祝祭をもとめる動きが根強かったことが描かれている。さらに、いまだに愛読者の多いジョージ・フランシス・ダウ(George Francis Dow, 18681936)の好著、Domestic Life in New England in the Seventeenth Century1925)は、ニューヨークのメトロポリタン美術館での講演をもとにした著作で、17世紀ニューイングランドの家屋、そこでの食事、労働、そして社会生活と犯罪について、一通り論じたものである。その10年後に出版された大著、Every Day Life in the Massachusetts Bay Colony1935)の最終部分には、当時の家屋建設に関する契約書、サミュエル・スケルトン牧師がマサチューセッツ植民地当局から支給された物資のリスト、など具体的な一次資料が収められている。しかし、何といっても興味深いのが、エセックス・カウンティーで勃発した魔女事件について、1650年に裁判が行われている記述で、セイラムだけが魔女裁判事件を起こしたのではなく、かなり様々な地域で、時期的にも早いころからおこっていたことが分かる。そして、ウイリアム・バブコック・ウィーデン(William Babcock Weeden, 18341912)著、Economic and Social History of New England, 1620-17801890)は、17世紀初頭からの概括を二巻にわたって、大所高所から論じ、歴史、政治、経済、社会を取りあげながら、同時にこれまで論じられてこなかったと著者が述べる、日常生活の細かい記述が特徴をなしている。その中には隣人どうしの金銭の貸し借り、宿屋の経営状況、ピューリタン社会の娯楽のない生活習慣など興味深い裏面史が描かれている。そして、最終章には捕鯨の歴史が綴られ、ニューイングランドでの捕鯨業の発生、そして、ごく初期からアメリカ原住民が捕鯨に参加し、厚遇されていたことなどが述べられている。

 以上のように今回アティーナ・プレスの企画によって、ここに選ばれた5冊の著作は、いずれもいわゆる教科書的な通史が見落としてきた人々の生活感覚や日常的意識などを知る手がかりとなり、復刻されることの意義は少なからぬものがある。通史が打ち出している定説を見直し、あるいはその背後に潜む複雑な事情を汲み取るためにも、多くのアメリカ史家に一読をお勧めしたい書物である。