この30年余り、アメリカ女性史、社会史の発展は、アメリカ史研究のあり方を一変させた。政治、経済、思想の分野の指導者を焦点に置いた従来の歴史から、いわゆる「普通の人々」を中心に据え、彼らの生活や意識を明らかにし、それを政治や経済の動きとも関連させる、「底辺からの歴史」が描き出されるようになってきたのである。しかし、公的文書や作品という形で後世に文献を残す政治家や思想家などとは違って、「普通の人々」はほとんど文献を残さない。日記や手紙があっても現在の私たちは稀にしか見ることができない。「普通の人々」の歴史を知るには、こうした文献か、家具・住居・衣服などの物体や統計、あるいは同時代の人々が彼らを研究して残した記録を手がかりにすることになる。
今回アティーナ・プレスから復刻されるアメリカ女性史に関する5冊の本は、19世紀末から20世紀初めにかけて活躍した作家や歴史家の手になるもので、中産階級の「普通の」アメリカ女性の生活や意識の歴史を示す優れた研究書ないし一次史料となっている。
18巻のCarl
Holliday, Woman’s Life in Colonial Daysは、本シリーズ、Part
1の4巻Alice Morse Earle,
Child Life in Colonial Days
などの研究書の他、植民地時代の日記、出版物、裁判記録などを駆使して、「感情を押し殺した」植民地時代の女性という誤解を正し、「愛と感情を知り」、「心と頭を使っていた」女性像を描き出そうとしている。ウォルト・ホイットマンの研究者でもあるClifton
Joseph Furnessによる19巻のThe
Genteel Femaleは、ビクトリア時代、女性の特性とされた「か弱さ」「憂鬱」や、女性に関係の深いと考えられる「ファッション」「女性の領域と影響力」「教育」などの側面から、19世紀アメリカ女性像を描き出す。その際、アメリカ女性に関する同時代の研究書、文学、雑誌記事、パンフレット、未出版の書簡、高等女学校の案内書やそこに所蔵されている書簡などを随所に掲載しており、一次史料としての価値が大きい。20巻Women’s
Work in Americaの編者Annie Nathan Meyerは、コロンビア大学付属の女子大であるバーナード・カレッジ創設者のひとりである。Meyerは、女子高等教育の発展のために働く一方で女性参政権の強硬な反対者でもあった。Women’s
Workは18人の著者が教育、文学、ジャーナリズム、医学、法律、産業、慈善事業などに関する章をそれぞれ担当し、Meyerのことばで言えば、「女性が自分自身の足でバランスよく立つためのゆっくりとした、しかし確実な訓練の歴史」を示す本である。また、「リパブリック讃歌」の作詞者、女性参政権運動の指導者として知られるJulia
Ward Howeが序章を書いていることも興味深い。
21巻Domestic
Service の著者Lucy
Maynard Salmonは当時最も優れた歴史家のひとりと評されていた。ヴァッサー・カレッジで長年教鞭をとり、女性として初めてアメリカ歴史学会の理事に選ばれた。歴史研究の業績が評価されたのである。Salmonは家事、消費、マスメディアといった人々の日常生活に関わる問題を重視し、研究の視点においても方法においても、今日隆盛の社会史研究を1世紀近くも前に先取りしていた。1897年に出版されたDomestic
Serviceはアンケート調査や統計などを用いており、社会科学的方法を家事労働の労使関係研究に初めて取り入れた画期的な歴史研究だった。21巻の復刻本は1901年の改訂版であり、ヨーロッパの家事労働の状況に関する章を加えている。その後もSalmonは社会経済的観点から家事を考察する論評を雑誌などに多数発表した。22巻のProgress
in the Householdはそれらのいくつかを集めた本である。Salmonは研究テーマが学問的でないとの批判も受けたが、歴史研究の性格についての研究も行い、今日で言う「社会史」の正当性を示した。