Athena Press

 

植民地時代から十九世紀後半までの新生アメリカ合衆国を
旅人の眼から見た好著の復刊

越川 芳明 明治大学教授

 アメリカ合衆国がまだイギリスの植民地だった頃に、外国からの訪問者が北米の暮しについて書いた旅行記や回想録があった。軍人や政治家、あるいはキリスト教の布教活動で訪れた修道僧などによる書物がそれだ。とりわけ有名なのは、St. John de Crèvecœurだろう。かれはフランスのノルマンディ地方の貴族の子であり、少年時代にイギリスに送られて英語を学び、1754年に24歳で新大陸のイギリス植民地にやってきて、27年間ニューヨーク近隣の田舎で暮らした。そのときの生活をまとめた本がLetters from an American Farmer (1782)だ。

 今回アティーナ・プレスから復刊される本シリーズの第26Henry Theodore TuckermanAmerica and Her Commentators (1864)は、その本から面白いエピソートを引き出してくる。独立戦争中(17751783)にたびたびイギリス軍が勝手にCrèvecœur農地に駐留してかれを困らせたとか、Crèvecœurは家族の一人に会うために前線を越えて敵地に入る許可を得ていたが、あるときフランス軍艦に捕まってスパイの容疑で短期間拘留されたことがあったとか・・・。

 著者のTuckerman (1813–1871)は、そういうWashington Irving風の短いスケッチを挟みながら、植民地時代から19世紀前半までのアメリカ合衆国の生活全般を、どのようにヨーロッパ人の旅行記が記述しているか、まとめている。扱われる書物は広範にわたり、たとえば、フランスのミッション布教活動家たちや、シャトーブリアンをはじめとするフランスの旅行者、ディッケンズをはじめとするイギリスの旅行者、その他、ドイツやイタリアからの旅行者による書物が俎上に載せられている。また、著者は同時代のアメリカ作家とも親交があり、CooperHawthorneがどのように植民地生活を描いたかについても触れている。

 第27巻、John Graham BrooksAs Other See Us (1908)も同様に、ヨーロッパ人による書物がいかにアメリカ合衆国を描いているかをまとめたもの。だが、ボストン生まれでラテン語学校にも通い、エリートであったTuckermanの本と違い、ニューハンプシャーの商人の息子で、中西部の大学やハーヴァード神学校で学び、聖職者にもなっても安住することなく、労働者階級のために社会改革に尽力したBrooks (1846–1938)の本は、新生アメリカ合衆国に対し批判を加えるヨーロッパの書物を好意的に捉える懐の広さを備えている。おもに独立以降の合衆国について書かれた著作を取りあげ、アメリカの民主主義の矛盾(人種問題、奴隷制)から、女性教育にいたるまで、またアメリカ流消費主義から鉄道の寡占的支配にいたるまで、合衆国のナショナル・アイデンティティの形成という観点から論じられる。Brooksには数年にわたる調査や研究のための、ドイツやイギリスでの滞在経験があり、また米国社会学会の会長を務めたこともあり、ヨーロッパの旅人の眼から見た批評を合衆国の社会変革に役立てようという、知識人の倫理がうかがわれる好著だ。

 第28巻、Alice Morse EarleStage-Coach and Tavern Days (1900)は、おもにNew Englandを中心とする東部の植民地時代の生活を、宿屋=居酒屋(当初はordinaryと呼ばれていたが、のちにtavernに変わった)と駅馬車(当初はstage-chaiseと呼ばれていたが、のちにstage-coachとかstage-wagonに変わった)という、旅人には欠かせないシステムにトピックを絞って語る。宿屋=居酒屋やその看板、駅馬車やその広告などにまつわる図版を豊富に添えて平易な文章でつづられた読み物である。著者のEarle1853–1911)は、本シリーズの第1Home Life in Colonial Days (1898)、第2Child Life in Colonial Days (1899)を含め、15冊以上にも及ぶ植民地時代の生活誌を書いたこの分野の草分け的な作家であり、その著作は多くの人々に読まれた。