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20世紀の「戦間期」に出版された子ども達のための事典

笹田 裕子 清泉女子大学教授

 

 『カッセル少年少女百科事典』(Cassell’s Children’s Book of Knowledge , 1922–1924)は、20世紀に勃発した第一次世界大戦と第二次世界大戦という2つの大戦の狭間である、いわゆる「戦間期」に出版された。

 先に出版された百科事典との最大の相違点は、当時の子ども達にとって未知の領域だったであろう「大戦(World War)」という項目である。本書では、第一次世界大戦(1914–1918)について、その発端からヴェルサイユ条約締結に至るまで、30ページ以上にもわたり詳述されている。図版に描かれるのは、祖国のために勇敢に戦う軍人の姿や、大戦の大規模化に影響を与えた高射砲アーチボルドや戦闘機(複葉機)、イギリスが世界で最初に開発した戦車などをはじめとする大型兵器だけではない。長期化し膠着状態に陥った戦争の象徴ともいえる塹壕、泥の中や急勾配を膨大な人数で大砲を移動させる様子など、この戦争の非人間性も明示されている。その一方で、敵国の旗を無傷でかすめ取ってきた将校のペットのサルに関する実話など、緊張をほぐしてくれるようなエピソードも挿入されている。

 ヴィクトリア朝が終わり、前の時代の繁栄の陰に山積みにされていた問題を引き継いだエドワード朝は、新世紀に入ると同時に帝国に翳りが見え始めた時代であった。だが、この「戦間期」は、歴史上最大の戦争を乗り切ったイギリスが、大英帝国としての巻き返しを模索していた時代であったといえよう。本書にも、勢いをもつ大国アメリカに対する称賛と同様に、自国に対する変わらぬ誇りや信念がうかがわれる。

 本書では、「ジェイムズ・バリ(James Barrie)」の項目で『ピーターパン』、「ルイス・キャロル(Lewis Carroll)」の項目で『不思議の国のアリス』といった古典が取り上げられているが(いずれの項目でも物語の要約が掲載されている)、「戦間期」のイギリスでも、優れた子どもの本は生まれていた。塹壕で原稿を書いたと言われるヒュー・ロフティングの『ドリトル先生』シリーズの最初の巻も、A・A・ミルンの『クマのプーさん』も1920年代に出版された。

 有名な児童文学作家の項のみならず、本書では、動物の項でも読み物の楽しさを味わうことができる。例えば「ネコ(Cat)」という項目は、「今度、子ネコと遊ぶ時、気をつけて見てみよう。自然史の勉強になるよ」といった、子どもを意識した語りかけから始まる。また、ネコの仲間であるジャガーやトラやライオンなどの大型動物が大判の図版で紹介されている。さらに、例えば「ヤマネコ(Lynx)」に興味を抱いた読者が引いてみると、ヤマネコについての説明の後に、ヤマネコが登場する短い物語も付されている。

 ハイドパーク内に建設されたクリスタル・パレス(水晶宮)の壮大さと共に、「世界の工場」としてのイギリスの最盛を示すことが目的であった1851年の第一回万国博覧会は、図らずもアメリカとドイツの優れた技術に注目を集める結果となったが、世界初の鉄道を走らせることに成功したイギリスの技術力が決して侮れないものであったことは、本書でも強調されている。例えば、「機関車(Locomotive)」、「飛行機(Aeroplane)」、「自動車(Motor–cars)」、「時計(Clocks and Watches)」などの項目では、詳しい説明と共に豊富な図版を通して構造なども細かく知ることができる。

 エドワード朝に活躍した作家イーディス・ネズビットのファンタジー作品は、まるで映画を先取りしているようだと評されることが多いが、「映画製作技術(Kinematograph)」の項目は、当時の映像技術について教えてくれる。「写真術(Photography)」の項目で分かる技術の発達を反映した写真は鮮明で美しく、緻密な手描きの挿絵と併せて、眺めるだけでも楽しむことができる事典である。