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南北戦争の記憶をつくった書籍

兼子 歩 明治大学専任講師

 

  150年以上も昔の内戦をめぐって、現代アメリカで深刻な事態が進行中である。2016年のドナルド・トランプの選挙キャンペーンには南北戦争期の南部連合軍旗(the Confederate flag/the Stars and Bars)を掲げた支持者が多数集結し、トランプ自身が一切これを批判せず、さらに南軍旗を「南部を愛する人々の誇りの象徴」だと擁護した。2017年、ヴァージニア州シャーロッツヴィルのロバート・E・リー将軍記念像を撤去する決定を市議会が下した時、撤去に反対する白人至上主義者たちとこれに対抗する反レイシズム活動家を中心とした群衆が衝突し、反レイシズム側の白人女性活動家が死亡するという悲劇が起こったが、トランプは双方、とくに反レイシズム側に暴動の責任があると発言し、白人至上主義者たちを擁護した。

  現在でも南部には、南北戦争期の南軍を顕彰するための銅像や記念碑、南軍指導者の名を冠した公共施設が膨大に存在する。その数は、NGO「南部貧困法律センター」の報告によれば、2020年現在でも1,700を超えるという。これらの南軍顕彰のシンボルの撤去や改名をめぐって、激しい政治的対立が巻き起こっている。南北戦争の時代を経験した人間は一人も存命ではないなかで、アメリカ人たちは南北戦争の記憶をめぐって今なお戦っている。

  南北戦争の記憶をめぐる戦いにも、歴史が存在する。近年、多くの歴史学者が、南北戦争はアメリカ社会のなかでいかなる戦争として記憶されたのか、その記憶が時代を経ていかなる状況のなかでどのように論争の対象となり、そして変容してきたのかを明らかにしつつある。

  本史料集は、20世紀転換期に刊行された南北戦争に関する一般読者向け出版物を収録したものである。これらの刊行物は、南北戦争というよりも後世の人びとによるその記憶の形成の歴史を考える上で、非常に重要である。それはこの時代に、「南北戦争とは何であったか」をめぐる新しい集合的記憶が、はっきりと姿を表したからであった。

  南北戦争の集合的記憶研究の大家デイヴィッド・W・ブライトをはじめ多数の研究者が、南北戦争末期・再建期から20世紀前半に至る時期において南北戦争の記憶のされ方がいかに変化したのか、その変化の担い手は誰であったのかを明らかにしてきた。それらの研究は、おおよそ以下のような展開を明らかにした。「勝者」たる北部では、南北戦争を「反乱」鎮圧と合衆国再統一の戦争であり、奴隷解放戦争であると捉えた。他方「敗者」たる南部白人のあいだでは「失われた大義(the Lost Cause)」論が徐々に現れた。合衆国脱退と独立の「大義」は軍事的には敗北したが理念は正しかったという主張である。南北それぞれの支配的記憶は相反し、和解は困難であった。だが19世紀末になると両者の和解は急速に進展する。立場は違えども北軍と南軍の兵士たちは勇敢に〈男らしく〉戦ったとして、互いにその武勇を認め合う記憶である。この記憶のもとで旧北軍の白人退役軍人と旧南軍退役軍人は和解を進めていく。それは、旧北軍の黒人退役軍人の存在と、かれらの戦時中の活躍の意味を、記憶から周縁化・不可視化していく過程でもあった。この過程が、当時南部諸州でジム・クロウ法が導入され、読み書きテストや人頭税等を通じて黒人有権者の選挙権を実質的に剥奪していった時代、そして北部もこれを概ね黙認していった時代と重なることは偶然ではない。

  20世紀初頭に成立した南北戦争の新しい集合的記憶の特徴は、奴隷制やアフリカ系のアメリカ市民化、連邦体制からの州の離脱の是非といった論点を後退させるという意味で脱イデオロギー化であり、北軍と南軍の軍人たちの武勇と栄光に焦点を当てるという点で軍事化と呼びうるものであった。そして本史料集の特徴は、この軍事化という20世紀転換期の新しい記憶形成の過程を鮮やかに示してくれる証言である点だと言える。特にPart1の史料は、前述のブライトの主著にも取り上げられた、極めて重要な文献である。他の史料も、この時期に南北戦争の軍事的次元に読者の関心が集中していったことを物語る、興味深い文献ばかりである。

  加えて、南北戦争の記憶の軍事化という現象は、同時代のアメリカの帝国主義的対外進出と戦争の活発化と軌を一にしている。また、20世紀転換期にはアメリカ大衆文化における軍事ヒロイズムの流行という、T・J・ジャクソン・リアーズ以来多くの文化史家が指摘してきた現象の一環でもある。そして近年ではジェンダーの視点から、この文化現象を19世紀的〈男らしさ〉の危機という観点から分析する研究も多い。つまり、人種・ジェンダー・帝国など、さまざまな力学の交錯する結び目としてこの史料集を読むこともできる。いずれにせよ、20世紀転換期のアメリカの社会・文化状況を鮮烈に伝えてくれる、意義深い史料集である。