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南北戦争をいかに思い出すか―戦争の記録とメディア

貞廣 真紀 明治学院大学准教授

 

  2020年、ブラック・ライヴズ・マター運動が全米で広がるなか、南北戦争時の南軍司令官の銅像が次々に撤去されたことは記憶に新しい。同年6月には南軍旗をあしらったミシシッピ州旗が変更されることも決定した。戦後150年が経過した今日にあってなお、南北戦争の記憶をめぐる戦いは終わっていないのだ。それはどのように記録され、そして記憶化されてきたのか−―世紀転換期に出版された南北戦争の歴史書の集成である本シリーズに、その複雑な過程が垣間見える。

  戦争の生々しい記憶が薄れかけた1880年代から世紀転換期にかけて、南北戦争を歴史化する作業が加速した。南北の再融合と国民国家の確立がもくろまれるのだが、本シリーズは歴史書がいかにその過程に貢献したかを知る手がかりになる。シリーズは5巻からなるが、これらのイントロダクションが総じて、南北に偏らない「中立」の立場と「愛国心」を強調するはその一例であろう。とはいえ、北部主導で国家再建が行われた以上、敵国であった南部連合の歴史は戦争の物語化の過程から取り残されることになる。実際、南部の視点から南北戦争を記録したConfederate Soldier in the Civil War(Part 3)は本シリーズの他のどのパートと比べてもイラストや写真が少なく、データの羅列も少なくない。おそらくそれゆえに、のちにウィリアム・フォークナーら南部の作家が南部の視点から南北戦争を物語として再構築することになるのだが。

  むろん、北部の戦争史観も一枚岩的ではない。『センチュリー・マガジン』で好評を博した「センチュリー戦争シリーズ」の拡大版Battles and Leaders of the Civil War(Part 1)は、将軍たちの肖像、戦闘の版画、地図や地形図などの資料をふんだんに活用して個々の戦闘を時系列に提示し、南北戦争史の一つの標準を示している。本書を軸にそれぞれのパートを比較すると、それぞれの特徴が浮き彫りになる。まず、Frank Leslie’s Illustrated Famous Leaders and Battle Scenes of the Civil War(Part 2)は本の半分以上を大判の版画が占める。版画の構図は均一的で、中距離の視点から集合的に兵士が描かれており、戦争の英雄が将軍たちだけではないことを主張しているようだ。また、西部戦線におけるネイティブ・アメリカンと兵士たちの交流や「コントラバンド」と呼ばれる北軍に従軍した逃亡奴隷の様子、キャンプでの料理の情景など、戦闘の中の日常が記述されていることも特徴的である。市民の視点を重視しているという点ではCampfire and Battlefield(Part 4)も同様である。ここでは版画や写真、地図がバランスよく配置され、写真の配置やトリミングの方法一つとっても、一般読者を飽きさせない工夫にあふれている。内容も雑誌や新聞への投稿を通じて一般市民がどのように戦争に対峙したのかといったホーム・フロントに関する記述が目立つ。本書からは戦時における詩やユーモアの役割、女性と南北戦争の関係について知ることができるだろう。また、奴隷制度と戦争の関わりに紙面を割いていることも特徴的で、ジョン・ブラウンの歴史的意義にはじまり、奴隷制の歴史、有色人部隊についての多くの言及がある。

  南北戦争は、鉄道網の発達やテレグラフの普及に代表されるコミュニケーション革命の最中に勃発したが、写真の重要性は強調してしすぎることはない。Campfire and BattlefieldA History of the Civil War, 1861–1865(Part 5)はともに写真を多く取り上げているが、前者が版画と写真を併置して記述のバランスをとるのに対し、後者はほぼブレイディ・コレクションの写真のみを通じて戦争の「リアリティ」を読者に届けようと試みる。重要なことだが、戦争写真の多くは軍の実用目的で撮影されており、被写体の多くは要塞や大砲といった軍事設備や地形に関わるものだった。また、長い露光時間を必要とする当時の技術では動きの多い戦闘を撮影することができず、廃墟や多くの遺体が撮影されることになった。本書は写真の文化的機能や美学について改めて考える契機を与えてくれる。

  版画が兵士の日常や戦闘の臨場感を、写真が戦争の痕跡を、そして歴史記述が国家再統合の過程を読者の前に差し出すとき、戦争を描いた文学の独自性がどこにあったのかを考察することもできるはずだ。たとえばハーマン・メルヴィルの『戦争詩集』(Battle-Pieces, 1866)は『反逆の記録』と呼ばれる膨大な戦争記録集を参照して書かれたが、本シリーズのそれぞれの巻に記載された戦闘の記述と彼の詩を対照することで、歴史家と詩人の歴史記述の違いを探ることも可能になるだろう。また、北軍兵としての従軍経験を持つアンブローズ・ビアスは短編集『軍人と民間人の物語』(Tales of Soldiers and Civilians, 1891)を出版したが、彼は、読者が版画や写真による戦争表象に馴染んでいることを強く意識し、鮮やかな色彩やシンボルを駆使しながら小説ならではの表現方法を模索していた。

  本シリーズの5冊の歴史書は極めて注意深く選定されており、掲載雑誌による戦争の強調点の違いや戦争メディアの性質の違いについて考察する上で非常に有益な情報源であると言えよう。