アメリカ女性史研究において、いわゆる社会史的な研究が興隆してから40年近くになる。指導的地位にいた女性の思想や行動を主題とした従来の歴史研究ではなく、「普通の女性たち」の生活に焦点をあて、そこから女性の地位の変化、地位向上をめざすフェミニズム意識の形成・発展を解き明かす研究である。そうした女性社会史の研究では、19世紀アメリカに起こったフェミニズムは、白人中産階級の女性たちの日常生活の中から生まれたと説明されてきた。すなわち、産業革命は男が家庭の外で働き、女は家庭内で家事・育児に従事するという明確なジェンダー役割に基づく男女別々の領域を成立させ、女性の領域内では女性たちが主導権を握り、女性同士の絆を結び、それがフェミニズムの基盤となっていったと考えられる。
女性は、独立革命後の共和国において市民を育てる母として認められ、家族も国家を構成する単位としての新たな重要性が与えられた。こうした社会では女性の女らしさが強調され、女らしさとは女性としての徳を備えることを意味した。家庭での家事・育児は重要な徳目とされ、女性たちは家事・育児を中心にした家庭生活の指南書を読み、共和国の良き母となることをめざした。19世紀に広がった女学校においても、共和国の母の養成を目的とした教育が行われた。
19世紀末になると、アメリカ社会では科学崇拝が興隆し、科学的、合理的、能率的であることに至上価値が置かれるようになった。家事においても、科学性が追求され、衛生・健康観念の広がりともあいまって、家庭生活の手引きは「家庭科」へ、「家庭科」は家政学へと発展することになる。知識が専門化され、さまざまな学問が生まれた時代でもあった。高等教育を受ける女性が増えても女性の職場は限られており、家政学は自然科学の分野で閉め出された女性科学者に研究・教育の場を与えた。さらに、世紀転換期には、フェミニズムの展開と共に、新たなジェンダー役割に適う家事・育児のあり方についても議論されるようになる。
以上のような歴史的背景において、19世紀から20世紀初めアメリカでは、家事・育児の指南書や学問的な家政学やフェミニストの立場からの家事・育児の本が多く出版された。これらの出版物は当時の女性たちが教えられ、目標にした家庭生活のあり方を具体的に示し、一般女性の視点に立つ女性史研究に不可欠な資料となっている。本シリーズは、こうした当時出版され、中産階級の女性たちに読まれた生活の手引きや家政学者やフェミストが著した家事・育児、家庭経営に関する本の復刻である。アメリカ人女性に広く読まれた、Part1(1830–1890)では、キャサリン・ビーチャーとその妹で『アンクルトムの小屋』の著者として知られるハリエット・ビーチャー・ストーによるPrinciples
of Domestic Science
(1870)やそれ以前にキャサリン・ビーチャーが書いたA
Treatise on Domestic Economy for the Use of Young Ladies at Home and at
School(1841)を所収している。ちなみに前者は日本でも明治初期に翻訳されている(『家事要法』1881年)。Part
2(1890–1930) は、家政学と銘打った本やフェミニストCharlotte Perkins
GilmanのThe
Home (1903)、メキシコ系女性にアメリカ的家事や生活の方法を教える英語の教科書など、興味深い多様な視点からの文献が入っている。
以上のような意味のある出版物の復刻である本シリーズは、女性の日常生活の視点からのアメリカ女性史研究、社会史研究に格好の一次史料を提供するだけでなく、家庭科、家政学研究における重要な文献であり、日本における女性史および家政学研究の発展に貢献することと思う。