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インテリアのショールームへようこそ
――世紀転換期の室内装飾商品カタログという、誰もが楽しめる貴重な一次資料

三宅 敦子 西南学院大学教授

 今回復刻される室内装飾カタログは、19世紀末から第一次世界大戦までの「長い19世紀」の最後を飾った室内装飾業者のショールーム用カタログである。永続的な保存が意図されていない資料であるため、今回の復刻版は大変意義のある出版である。全巻あわせて150枚を超す豊富なフルカラーの図版は、bedstead(ベッドフレーム)やbedroom toilet ware(寝室で使用した洗面用の陶器類)のような、英語辞典だけではイメージしづらい調度品の理解を視覚的に助けてくれる。Morining Room(主として午前中に使用する居間)やlibrary(邸宅内の図書室)の図版は、二次元のモデルルームとして、カタログに掲載された調度品が実際に使用されていた様子を読者に教えてくれる。こうした長所は、カタログという視覚媒体ならではの特色である。

 1851年にロンドンで開催された万国博覧会を契機に、国を挙げて趣味の向上に取り組んだ19世紀のイギリスでは、家具をはじめとする室内装飾品への関心が高まった。優れた室内装飾品は所有者の趣味の良さの証とみなされた。先祖代々受け継いだ調度品も芸術的素養も持たない中流階級は、結果としてチャールズ・L・イーストレイクによるHints on Household Taste (1868)を皮切りに、続々と刊行された室内装飾に関する手引書や、創刊されたインテリア関連の雑誌を頼ることとなった。生活に多少なりともゆとりが生じた19世紀後期に、大量生産され手頃になった家具を求めた労働者も、室内装飾業者にとって格好のターゲットとなった。19世紀末には一世を風靡した審美主義の影響もあり、室内装飾への関心は全社会的なものとなる。趣味の良さを示唆する“artistic”という表現が手引書やカタログに頻出し、雑誌では“artistic houses”というタイトルでお宅拝見特集が組まれるなど、様々な社会現象が生まれる中で、室内装飾が所有者のパーソナリティを表現する手段と認識されるようになった。

 こういった文化的変遷は、当時の小説にも重要な鍵として描かれている。例えば復刻版のPart 1となるMaple社のカタログ(1895年)が、未来の消費者をトテナムコート・プレイスにあったショールームへ誘っていたのとほぼ同時期に、作家のジョージ・ギッシングは、小説The Odd Women (1893)に、趣味のよい自宅を見せて若い女主人公を口説こうとする中年紳士を登場させている。In the Year of Jubilee (1894)では、玉の輿を望んだものの結果的に自立した「新しい女」を目指すことになる女主人公が、室内装飾への強い関心を示している。一方でH. G.ウェルズがTono-Bungay (1909)で描くのは、理想の結婚生活と新居に固執する新妻と、家具屋街だったトテナム・コート・ロードに出かけ、趣味が悪いとけなされながら家具選びにつき合わされる主人公である。今では電気街へと姿を変えたトテナム・コート・ロードの往時の様子は、Maple社のカタログに挿入された当時のにぎわいを伝える図版を見なければわからない。

 これらのカタログは、ほかにも興味深い時代の変遷を今に伝える。まず大規模ホテルの誕生により、室内装飾業においてビジネス・チャンスが増加したことである。Maple社のカタログには、開業して間もないサボイ・ホテルの室内装飾を手掛けた自負が、挿入されたホテル外観の写真の下に、さりげなく言及されている。世紀末の寵児オスカー・ワイルドが恋人のダグラス卿と時を過ごしたのは、今では有名になったこのホテルであった。次に、既にこの時期には室内装飾業界は事業拡大を経験し、単なる家具商の域を出ていたことである。これらの店に出向けば、絨毯、壁紙、置物としての陶器類、ランプにいたるまで、インテリアのトータル・コーディネートが可能であった。カタログの説明によれば、本物のアンティーク家具を購入できない顧客には、安価な材料で複製品を提供するなど、顧客の懐具合をおもんばかったサービスもあり、ビジネス拡大を図った至れり尽くせりのサービスが既に提供されていたことに、読者は目を見張るだろう。召使部屋の家具の提案は、階級制度にがんじがらめだった往時のイギリス社会を垣間見せてくれる。また図絵から写真へという挿絵の変遷は、写真術が身近になっていく様子を、読者につぶさに見せてくれるだろう。

 当時の女性たちの憧れを文字と挿絵に刻印した室内装飾業者のカタログは、このように当時の文化の理解には欠かせない一次資料であり、西洋の消費文化、マテリアル・カルチャーや文学に関心を持つ人には利用価値の高い資料である。また過去の様々な様式が網羅された家具の挿絵は、デザインをはじめとする芸術分野や建築などに関心を寄せる人にも、示唆に富む知識を提供するだろう。これらの資料は、生活に密着していたがゆえに、資料としての価値を十分に評価されず、体系だって蒐集されてこなかった。そのため、これまでは海外・国内の数少ない特定の資料館や図書館でしか閲覧できなかった。資料の性格上出版年が推定のものもあるが、全巻揃えれば、歴史的変遷の検証も可能な今回の復刻版は、またとない企画である。