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通販カタログが語る20世紀初頭のイギリス

小林 章夫 上智大学教授

 最近は通信販売、略して「通販」のカタログが頻繁に送られてきて、ときには注文することもある。またいわゆる「通販オタク」なる人もいて、カタログを見ると注文したくなる気持ちを抑えられないという。

 イギリスではこうした通販の原型は19世紀半ばに始まったようで、中産階級の消費者をターゲットにしたものだった。1864年に郵便局員たちが数人集まってお茶を共同購入したのが始まりで、翌年にはこれを組織化して安い値段で品物を購入する団体が生まれたという。なるほど郵便局ならば、配送や保存に便利だっただろう。今回復刻される中には、この組織が名前を変えてCivil Service Supply Association(C.S.S.A)となってからのカタログがあり、1920年代の消費ブームの一端がここに反映されている。ちなみにこの団体、その名前からわかるように元来は公務員を対象としたものだが、顧客は必ずしもそれに限定されず、公務員からの紹介があれば買い物ができたという。

 一方、この成功に刺激されて同様の組織が生まれたが、The Army and Navy Co-operative Societyもそうした目的で誕生してきた。これは名前を見ればわかるように、軍人やその関係者を対象として生まれたもので、1871年に団体ができて、翌年にはロンドンのヴィクトリア・ストリートに店を構えこれがデパートとして成長していった。言うまでもなく当時は大英帝国が世界にその網の目を広げていた時期だから、イギリスのみならず、世界各地にいる軍関係者にさまざまな品物を販売することは儲かるとともに、大いにありがたがられたに違いない。そしてその情報源としてもっとも重宝だったのが、それこそ電話帳のような通販カタログだったのである。

 これに刺激されてか、老舗デパートとして知られるハロッズも顧客向けにこの種のカタログを出すことになる。もちろんハロッズは高級店だから、ターゲットとしているのは上流階級である。

 こうしてどのカタログを見ていても大いに興味をそそられるのは、20世紀初頭のイギリスでどのような品物が出回っていたのか、その具体的な姿が豊富な図版によって手に取るようにわかることである。もちろん値段も記されているのだからありがたい。イギリス小説の一つの大きな特徴は、社会の実相を詳しく描くことにあると言われるが、登場人物が何を買って、いくら払っていたのか、その一端がこのカタログから見えてくるのである。

 いや、それだけではない。生活史や消費文化に興味がある人にとってもまたとない資料となるだろうし、服飾や食器、ガーデニング用の道具、そのほかさまざまな道具、器械などの姿と値段を、鮮明に知らせてくれる貴重な事典として使うこともできるだろう。しかも、この種のカタログは必要なものを注文したあとでは捨てられてしまうことが多く、そのために保存されているものが少ない。その意味でもきわめて貴重な一次資料なのである。それがこのようなかたちで復刻されるのは、大いに喜ばしいことと言わなければならない。

 ちなみにロンドン留学中の夏目漱石は、先ほど挙げた陸軍・海軍共同組合の1900年9月に出たカタログを所有していた。これを見て漱石はどんなものを買ったのだろうか。