Athena Press

 

複層的な「通販」の魅力を映し出す貴重なコレクション

菅 靖子 津田塾大学准教授

 19世紀は、家庭における読み物が一気に増えた時代である。新聞だけでなく、小説にアドヴァイス本、そして雑誌が、次々に種類を増やしてさまざまな読者を生み出していった。女性雑誌が次々と創刊され、女性の読者層が厚みを増していくのもこの時代である。とりわけ、雑誌文化は、同じレベルの情報を共有し、地理的な制限のない「想像の共同体」を形成していった。

 一方で、第一回ロンドン万国博覧会や百貨店の誕生に象徴されるように、この時代に「消費」文化が新しい段階へと進んでいる。技術革新によって量産が可能となり商品の種類が増えただけでなく、それらの豊富な選択肢が、目の前に披露される流通システムができあがったのである。

 そうした両方の動きを反映させて19世紀終わりに登場するのが、「メール・オーダー・カタログ」すなわち通販カタログである。これは女性、男性、あるいは子供など限定した読者を対象とした雑誌とは異なり、家族全体を関連読者とすることができた。また、家でくつろぎながら、数千種類の商品を眺め、比べ、購入の夢を自由気ままに描くことができるという、新しい「娯楽」のかたちでもあった。

 通販カタログは、百貨店だけでなく共同団体が経営する店舗も発行している。Army & Navy Co-operative SocietyCivil Service Supply Associationは、WhiteleysHarrodsのような百貨店とは異なり、組合員や会員に限定されるというパーソナルな側面を持っていたことが、消費者にとっての魅力につながった。大量に商品が流通する時代に、かつての小売店ほどではないにしても、その店舗に行けば誰だか認識してくれ、読書室や食堂でゆっくりとくつろぐこともできた。19世紀後半に発展する「クラブ」の文化が、消費文化の殿堂にうまく組み込まれていたのである。しかも、提供された商品の価格は他の流通回路よりも安価であった。そうした商品の通販は、便利でお買い得で、かつ共同体意識も育むものであった。

 地理的な制約に縛られないというカタログ販売の強みは、「大英帝国」に大いに活かされている。たとえばArmy & Navyは、20世紀の頭までにはイギリス国内だけでなく、インドの主要都市にも分店をオープンしている。

 カタログで扱われた商品は、日常の生活に関わるあらゆる側面を網羅していたといえる。まず、嗜好品ならお茶やアルコール(ブランデーだけで何十種類も)、ココアやコーヒーなど多種多様で、葉巻やパイプや付属品といった男性用のものだけではなく、女性用のマッサージローラーやエステ機器もある。乳幼児から大人までのファッション、家具、内装用品、食器や時計、トイレットペーパーといった日用必需品だけでなく、「画家」としての休日を楽しむ人のための画材セットや釣り具、ピクニック用具など趣味の世界も幅広くおさえている。

 もっとも、同じ種類の商品でも、カタログを発行する団体によって価格(たとえば婦人靴はHarrodsの商品はArmy & Navyのおよそ1.5倍である)やデザイン、イラストに登場する室内情景が異なっているところが興味深い。

 Army & NavyC.S.S.A.など長年会員制をとり価格を抑えていた団体と高級志向のHarrodsとは、いろんな意味で対照的である。今回の復刻コレクションは、同時代のイギリスの生活文化を伝える貴重な資料であり、ファッション史、デザイン史、技術史、ジェンダー史、そして近年ますます盛んになっている消費文化の歴史研究にとって、まさに宝の山である。消費者の社会階層や趣味の比較分析にも幅広く役立てることができるだろう。