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イギリス紳士の賭博好き

小林 章夫 上智大学名誉教授・帝京大学教授

 イギリス紳士の社交場として知られるクラブは18世紀半ばからつくられるようになって、19世紀にはロンドンのセント・ジェイムズ街を中心に、のちに名門として知られることとなるクラブが豪華なクラブ・ハウスを構えるようになった。もともとこの種のクラブは17世紀半ばに誕生したコーヒー・ハウスに集っていた人々が、やがて自分たち専用の空間を望んだことから生まれたもので、クラブ内部には食堂や談話室、図書室、さらには宿泊施設までも備えられるようになり、厳しい審査を経てめでたく会員となった紳士が、あるときは賭博をはじめとする娯楽に、またあるときは政治や経済の裏情報の交換に大いに利用したものである。特に後者の点でクラブが果たした役割は大きく、ある意味でイギリス近代はクラブ空間を通じてつくられたと言ってもよい。

 今回復刻された3冊のうち、John Timbsの手になる書物は17世紀から19世紀末までのクラブの歴史を、コーヒー・ハウスや酒場から始めて詳しく跡づけたもので、クラブ全盛期の模様を豊富なエピソードを交えて描き出した基本的書物である。著者はこうした社会史や歴史の裏側を描いて150冊もの書物を著した人物で、同時代の資料を渉猟して次々と興味深い歴史書を発表してきたが、ここに復刻されたクラブの歴史は、その中でも彼の代表作と言うべきものである。クラブという社交空間が果たした役割を考えるとき、まず第一に手に取るべき書物と言えよう。

 一方、Ralph Nevillの書物も同じくクラブ史として、これまた高い評価を得ているものだが、とりわけこの書物が興味深いのは、主要なクラブの運営方法、会員資格を得るための手続きなどを紹介している点で、ともすれば閉鎖的で、会員以外にはなかなか情報が得られない点を知るには、やはり大いに役に立つ。何しろ名門クラブとなると、会員資格の審査には厳密な手続きを必要として、下手をすると10年以上も待たされることがあったというから、クラブの内情はそれでなくとも興味深いのである。

 もともとクラブが誕生したきっかけとしては、おおっぴらに賭博ができる空間を確保したいという、イギリス紳士の欲求が大きく作用していた。昔からイギリス人は賭け事が大好きで、中世以来の動物虐めに始まり、富くじや競馬などに金銭をつぎ込んできたが、その傾向がもっとも強かったのが貴族、紳士などの階層である。その意味で賭博の歴史はこれまた重要な社会史のテーマとなるのだが、この点を検討する上でさまざまな資料を提供してくれるのがJohn Ashtonの書物である。この人物の正体は今も不明だが、実に幅広くイギリス社会のさまざまな面を材料にして貴重な情報を与えてくれる点で、彼の著作に負うところは大きなものがある。そしてここに復刻された書物も、紳士と関わりの深い賭博の歴史として大いに役立つものである。