たとえば、18世紀のロンドンでは人々は娯楽としてどのようなものを楽しんでいたのか。あるいは休みのときに出かける遊び場としては、どのような場所が代表的だったのか。 こんなことを調べるには、もちろん同時代の雑誌や新聞記事、あるいは自伝や回想録、書簡、さらには小説などもいい材料を提供してくれるだろうが、いかんせん数が多すぎるから大変である。しかも娯楽と一口に言っても、人々の生活が豊かになっていく時代だから、その種類は多岐にわたる。おまけに、今日なら娯楽と言えないようなものも、18世紀には人々が楽しんでいたのである。その代表が「公開処刑」。つまり、犯罪者の処刑を見せ物として、これに老若男女、貴賤を問わず、大勢の人間が集まって大騒ぎをしたのである。建前としては犯罪抑止になるという考え方があったにしても、内実はみな怖いもの見たさにやってきたのだ。
こうしたさまざまの娯楽、遊び場などの世界を資料に基づいて活写し、娯楽の歴史のみならず、社会史の一面を詳細に跡づけてくれる書物が、今回復刻されたものである。昔、コーヒー・ハウスの歴史やパブの模様、あるいはロンドンの風俗などを描いた書物を著したとき、ここに復刻された書物には大いにお世話になった。そして今でも手元に置いて、小説や詩を読んでいて状況がつかみにくいときなどは、拾い読みすることもある。
William
BoultonのThe
Amusements of Old Londonは、17世紀から19世紀初頭までのロンドンの娯楽を詳しく跡づけた大著である。2巻本の中にコーヒー・ハウスやクラブ、ティー・ガーデンなどの模様が詳細に描かれていて、通読はもちろんのこと、何かわからないことがあるときには、事典として使うことも多かった。公園の様子もよくわかるし、夏目漱石が言う「社会全体が一大娯楽場」だった18世紀の、賭博の詳細が描かれていて、これもまた興味深かった。もちろん劇場世界やオペラの様子も、この書物はきちんと伝えてくれる。
一方、E.
B. ChancellorのThe
Pleasure Haunts of London during Four Centuriesもこれに劣らない宝庫である。タイトルからわかるように、こちらはさらに時代をさかのぼって、16世紀から19世紀に至るロンドンの遊び場を詳細に跡づけた書物。初期の劇場の模様、人々が狂奔した「熊いじめ」や「雄牛いじめ」といった血なまぐさい娯楽(何しろ、熊や雄牛を柵につないで、これに次々と犬をけしかけて喧嘩させるのである)の姿などが、この書物を通じて甦ってくる。昔のイギリス人はかなり乱暴な国民だったのである。
というわけで、ロンドンの歴史の一齣を知るには貴重な書物だから、その後の社会史家たちは、しばしばこれらの書物を材料として使ってきた。たとえば、1巻本のロンドン百科事典として非常に便利なBen
WeinrebとChristopher
Hibbertの二人が編纂したThe
London Encyclopaediaもこれらを大いに利用している。
ところがこれほど貴重な書物でありながら、BoultonもChancellorもオクスフォード版の『イギリス伝記辞典』(ODNB)には、まったく取り上げられていない。この2冊が復刻されるのを契機に、二人への注目が高まるならば、これに勝る喜びはない。