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「ボン・マルシェ」と並ぶ草創期の百貨店

角田 奈歩 東洋大学准教授

 

  世界初の百貨店はどれかという議論には諸説あるが,パリ初の百貨店とされるのは「ボン・マルシェ」である。「ボン・マルシェ」は1838年にヴィド兄弟がパリ左岸に開いた店舗が元になっているが,これをブシコが買い取って新装開店した1852年が現在の「ボン・マルシェ」創業年と見なされる。様々な画期的経営方法を打ち出した「ボン・マルシェ」は,百貨店という新業態を切り開き躍進していく。

  この「ボン・マルシェ」に続くのが,1855年,ルーヴル宮とパレ・ロワイヤルの間という好立地に開店した「ギャルリ・デュ・ルーヴル」である。この店は1875年に百貨店「ルーヴル」として新装開店した。「ルーヴル」は1974年に閉店したが,現在もバカラ社などを系列に持つ「グループ・デュ・ルーヴル」は存続し,また建物は高級骨董品モール「ルーヴル・デ・アンティケール」として利用されている。さらに,創業者ショシャールは美術品をルーヴル美術館に遺贈してその所蔵品を充実させ,パリの都市としての魅力を増すにも貢献した。

  ほぼ時を同じくして1856年,ルエルが開いたのが現「BHV」である。ルエルは1852年にパリに上京し,20人ばかりを率いて市内各地で露天商をしていたが,最も売上げが良かった市役所前に目を付け,そこに後の「BHV(バザール・ドゥ・ロテル・ドゥ・ヴィル)」を開いた。普仏戦争中に貧者にパンを提供したり,無料診療所を開いたりと篤志家としても知られたルエルは,後にレジオン・ドヌールも受勲している。

  これら1850年代創業の百貨店から少し間を置いて,1865年にパリに開店したのが「プランタン」である。創業者ジャリュゾは「ボン・マルシェ」で働いていたが,顧客として来店したコメディ・フランセーズ女優と結婚し,その持参金でこの店を開いた。万国博覧会にも参加して海外顧客も掴み,「名誉とは誠実」をモットーとしてやや安めの価格帯で差別化を図って成功を収めた。後には一時PPRグループに組み込まれたが,このPPRグループがプランタンが抜けた後に改称したのが,現在のケリングである。

  コニャックも「ルーヴル」で働いた経験を持つが,幾度か失敗を重ねた後,1870年,「ルーヴル」裏手に「サマリテーヌ」を開店し,「ボン・マルシェ」で最優秀店員に選ばれたこともある妻ジェイの協力で店を発展させた。「サマリテーヌ」は2005年に閉店したが,その前に「ボン・マルシェ」などと同様にLVMH傘下に入っている。1920年代にアール・ヌーヴォとアール・デコの融合といわれる装飾が施された建物は,LVMHの指揮により修復工事がなされて複合施設に生まれ変わってパリを彩り続ける予定である。

  すでに電化された大店舗となっていた「プランタン」隣に,アルザス出身のユダヤ人バデールが1893年に開いた店が「ギャルリ・ラファイエット」である。伝統的に古着取引業や既製服製造業に関わることが多かったユダヤ人らしく,バデールは1895年には店内に既製服工房を設置し,これは1960年代まで存続した。現在,「ギャルリ・ラファイエット」はパリ発の百貨店では最大手となり,国内外60以上の店舗に加え,BHVやスーパーマーケットのモノプリも傘下に置いている。

  こうして19世紀後半にパリでは百貨店という業態が確立され,その影響は現在のパリの街やフランスのラグジュアリー・ビジネスにも及んでいるが,ロンドンでもこの業態は定着した。時に「ボン・マルシェ」と並んで世界初の百貨店と称される「ハロッズ」の原型となる店は1849年に開店したが,これが百貨店規模に拡大するのは,ハロッド一族2代目が別の人物に経営を譲った1890年代以降のことである。そのため,ロンドン初の百貨店は,1863年に創業し,「ピンから象まで」提供するユニヴァーサル・プロヴァイダーを名乗った「ホワイトリーズ」(1981年閉店,1989年からショッピング・モールとして復活,現在複合施設に改装工事中)とされることが多い。20世紀に入る頃には,ニューヨークでは「ロード&テイラー」,「バーグドルフ・グッドマン」などの百貨店が5番街に軒を連ね,「メイシーズ」も人気を博す。1905年には江戸期の三井越後屋からの歴史を誇る三越呉服店が「デパートメントストア宣言」を発表し,日本初の百貨店となった。

  こうして世界各地に百貨店という業態が広まる20世紀初頭には,自動車が都市内を,鉄道が都市間を,大洋航路船が大陸間を結び,人とモノの移動はいっそう盛んになる。ニューヨークでは『ハーパース・バザー』や『ヴォーグ』などの定期刊行物がファッション雑誌として装いを整え,1910年代からはハリウッドで映画制作も始まり,パリ・モードがアメリカ的大衆消費文化の発展に煽られつつ拡散する。そんな時代に,人々は,雑誌で,映画で目にした豊かな暮らしを体現する商品を,船や鉄道を乗り継いで百貨店を訪れ,あるいは通信販売を利用して,競って手にした。

  今回リプリントされる貨店カタログでは,まさにこの時代,憧れのまなざしを向けられた「パリ」の輝きを纏う商品を,当時大衆消費を形作った人々と同じ視線で眺めることができる。それはきっと,ほしいもの買えるものを吟味して注文票を埋めていった20世紀前半の人々が経験したのと同様に,新鮮な発見をもたらすことだろう。