Athena Press

 

百貨店カタログからひも解くアール・デコ期のインテリアとモード

朝倉 三枝 フェリス女学院大学准教授

 

  アティーナ・プレスからすでにイギリスとアメリカの百貨店カタログが刊行されていたが、このたび、そのラインナップに新たにフランスも加わることとなった。フランスといえば、19世紀半ばのパリで世界初のデパート、ボン・マルシェが産声を上げたことで知られるが、その後もオスマンの都市改造と足並みを揃えるかのように、パリでは大通り沿いに次々と巨大なデパートが出現し、その規模と豪華さ、そしてそれまでにない数々の新商法で人々の心をとらえ、大衆消費社会の発展を促した。

  今回、刊行されるのは、ボン・マルシェとルーヴル、ふたつの百貨店の1920年代のカタログである。百貨店の商品カタログは、シーズンが終わればたいてい捨てられる運命にあったため、フランスの図書館でもまとめてみることはなかなか難しい。その貴重な、およそ100年前のカタログのページを繰ると、私たちはデパートという場を介し、この時代を華麗に彩ったアール・デコのデザインが人々の生活に浸透していった様子をうかがい知ることができる。

  アール・デコとは、1910-30年代にフランスを中心に欧米で大流行したデザイン様式のことで、戦後、急速に進んだ産業化を背景に、絵画や彫刻、建築をはじめ、衣服やジュエリー、ポスター、日用品、乗り物など、およそデザインがほどこされ得る全ての分野に波及した。こうしたアール・デコの成果が最も華々しい形で披露されたのが、1925年にパリで開催された現代産業装飾芸術国際博覧会 ( Exposition internationale des arts décoratifs et industriels modernes)で、そこではタイトルに掲げられた「現代的(モデルヌ)」という概念を前面に押し出しながら、大量生産にこたえる新しい芸術の創造が目指された。今回の復刻版のなかで、とりわけこの1925年博とのつながりで興味深いのが、同じ1925年に発行されたボン・マルシェのインテリアカタログ、Ameublements, couvertures, literie, tapisである。中を見ると、ページ上部に「ポモーヌ(POMONE)」というロゴの記されたページがあることに気が付く。そのページ下には、「アール・デコ博覧会の私どものパビリオン“ポモーヌ”にぜひいらしてください」と記されている。

  ここにいう「ポモーヌ」とは、1923年に装飾芸術家のポール・フォロがディレクターに就き、開設されたボン・マルシェのインテリア工房のことで、1925年の博覧会では洗練された家具や調度品で室内を整えたパビリオンを出展し、注目を集めた。こうした試みは、当時、影響力のあった他のデパートでも同様にみられ、ルーヴルはエティエンヌ・コールマンが率いる「ストゥディウム」、ギャラリー・ラファイエットはモーリス・デュフレーヌが指揮する「メトリーズ」、プランタンはアンリ・ソヴァージュが主導する「プリマヴェーラ」という工房が、それぞれ1925年の博覧会で豪華なパビリオンを披露し、大きな話題をさらった。このように、1920年代には主要なデパートが、当時、第一線で活躍していた芸術家を取り込みながら、競い合うように独自のインテリア工房でモダンな家具や調度品を製造・販売しており、そのことがアール・デコの発展を促すことにもつながった。今回のボン・マルシェやルーヴルに加え、今後はプランタンやギャラリー・ラファイエットのカタログも復刻されるとのことなので、インテリアという観点から、デパートを介してどのようにアール・デコが花開き、広がっていったのか、思いを馳せるのも一興であろう。

  また、アール・デコの花開いた1920年代は、パリ・モードの黄金期にも重なった。したがって、商品を描いたイラストに価格、素材などの情報が付された百貨店のカタログは、モード史の一次資料としても非常に興味深い。戦前のパリでは、コルセットで女性的なラインを強調したS字シルエットのドレスが一世を風靡していたが、1906年にクチュリエのポール・ポワレがコルセットを取り払った直線的なシルエットのドレスを発表し、さらにその後、第一次世界大戦を経て、女性たちの価値観や行動様式が大きく変化した1920年代に、シンプルで機能的なデザインが次第に時のモードを特徴づけるようになる。こうした流れを念頭に、改めて今回のカタログを見ると、1920年になおコルセットの販売が続いており、女性たちが何世紀にも渡り着用を続けたコルセットを手放すことがなかなか難しかった様子がうかがわれる。その一方で、同じ1920年には、ガブリエル・シャネルが戦時中に提案した丈夫でしわになりにくいニットやジャージー素材の服が販売されており、モードが着実に新しい時代に歩を進めていたことがわかる。また、1920年代半ばから後半にかけ、短い髪に釣り鐘型の帽子をかぶり、シンプルな直線的シルエットの膝丈ドレスを合わせる、いわゆるギャルソンヌ・スタイルが広がり、定着していった様子も確認することができる。

  なお、20世紀初頭には、ポワレやシャネル、ランバンなどといったクチュリエ(婦人物の高級仕立て服のデザイナー)がパリのモードを牽引したが、実際に彼らのメゾンで高価な服を購入することができたのは一部の富裕層に限られた。しかし、戦後、女性服の簡素化が急速に進むなか、デパートで販売される既製服にも流行のシルエットが取り入れやすくなり、その結果、素材の質や縫製の技術という点ではまだ大きな開きがあったものの、一般の女性たちがトップ・モードと同じシルエットの服を着ることが可能になった。したがって、百貨店カタログは、モードの大衆化がいかに実現されたのかを雄弁に語る貴重な資料ともいえ、ややもすると著名なクチュリエの仕事で語られがちなモードの歴史に新たな視座を与えてくれるという意味でも非常に有用である。