フランクランの本で、いつも手近に置いてあるのは『1540年のパリ都市図に関する歴史的・地形的研究』(1869)で、16世紀のパリの巷を想像するのに不可欠の書物となっている。 世評に高い『パリの私生活』シリーズは、ばら本で買ったので揃っていない。今回の復刻は大歓迎である。さて、その第3部は「学校と子ども」全3巻(「学校とコレージュ」が1冊、「子ども」が2冊となっている)。 とにかく、学問的な身ぶりなどにはこだわらずに、雑多なことを教えてくれるのがありがたい。わが書斎には「子ども」編があるはずだと探しまわること15分、ようやくにして書棚のいちばん奥に発見して読んでみた。 1冊目は、結婚から出産までを扱っているのだが、ここでは、へその緒を切るところから話が始まる2冊目を紹介したい。巻頭ただちに、14世紀のフランチェスコ会士の著作が引用される。 産婆さんは、取り上げたばかりの赤ちゃんの手足に塩とハチミツを塗ってマッサージし、血行を促したという。とにかく、手足の頻繁なマッサージが欠かせず、特に男の赤ちゃんの場合、将来の肉体労働に備えて、このことが必須なのだとのたまう。 また、赤ちゃんを揺すると、頭に熱気が上昇して眠気を催すから、そうしなさいとも教える。そして、新生児のこうした扱い方は、その200年後も変わってませんよと述べて、今度は、無学の床屋外科医から国王の侍医にまで上りつめたアンブロワーズ・パレへと話題が移っていく。 全体として、非常に読みやすい。次に第5章「玩具と遊び」をめくってみる。当然ながら、わがラブレー『ガルガンチュア』の第22章「ガルガンチュアのお遊び」という、200以上にもなる子どもの遊戯のリストにも言及される。 そこに出てくるbille bouquetは「拳玉(けんだま)」のフランス語としての初出なのだが(現代フランス語ではbilboquet)、フランクランによれば、アンリ3世の時代には大流行して、王様自身も楽しんだといってから、『レトワールの日記』が引かれる。 国王が歩きながら拳玉を楽しんだので、貴族たちも真似したという。こうした興味深いエピソードを、随時、原典から引いて紹介してくれるのが、本書の大きな魅力で、わたしもリタイヤしたら『レトワールの日記』を読破するぞとの決意を新たにした。 やがて拳玉は、大人の遊びとして流行し、革命直前のパリには、木製や象牙製の豪華な拳玉を売る店まであったという。子どもの遊び・玩具の資料体として、侍医であったジャン・エロアールが、ルイ13世の幼少時の日常を詳細に綴った、あの膨大な『日記』を持ち出してくるのも、さすがというしかない。 幼いルイがどんなおもちゃを与えられ、どんな遊びをしたのかを、『日記』から抜き書きしている。2歳で独楽(こま)遊びはいいとして、同時にヴァイオリンも与えられているから、習わされたのだろうか? 3歳になると早くも「銀製のチェス」が。4歳で、ハサミを与えられて、紙をじょきじょき切って楽しんでいる。だが、拳玉の話は出てこない。本当にそうだろうか? 実はフランクランの時代には、エロアール『日記』は抜粋版しかなかった。 でも今では完全版(1989年)が読める。全3000ページという厚さにおそれをなして積ん読状態が続いていた『日記』を繙いて、ルイ王子が本当に拳玉で遊んでいないか、確かめてみるとしよう。
最後に、言い忘れたことがある。本書の随所には図版が挟まれていて、これがまた効果的なのである。ネット検索しても容易には探し出せないたぐいの図版が多いのも、本書の価値を高めていると思う。