ヨーロッパのひとびとの収集癖は徹底しているが、本書はそれを証明するような書物である。本来であれば使い捨てられてしまうような生活の道具類を、ていねいに集める行為が著作の原点にはある。収集品を分類し、記録にとどめ、合わせて時代の証言を付して、かつての生活の道具を蘇らせる。指輪やボタン、扇のような小物や装身具(第1章)、照明具とその付属品、ボンボン入れや嗅ぎたばこ入れ、また教会の献金箱などの入れ物(第2章)、秤や眼鏡や時計、外科医の器具や職人の道具、ハサミや栓抜きなどの生活の道具(第3章)、そしてナイフやフォークなど食卓の道具と、焼き串やふいご等の台所の道具、さらに湯たんぽやワッフルの焼き型まで(第4章)、生活をとりまく金属製の道具で収録されていないものはない。
中世から19世紀までの遺品・遺物はもとより、版画・絵画史料を含めて実に393頁、総計4000点に近い数で図版を掲載しているのは壮観である。項目ごとに中世以来の文献史料による注釈を付けているのも行き届いている。ヨーロッパのひとびとの日常生活にあったあらゆる道具や小物を眼にすることができ、歴史的な検証を得ることもできる。蝋燭の芯切り鋏や蝋燭消しなど、ヨーロッパ独特の道具の何かを教えてくれるし、わたしたちにも馴染みの道具の彼我の違いを知る楽しみも与えてくれる。
著者のアンリ=ルネ・ダルマーニュ(1863-1950)は、玩具とトランプの収集家として好事家の間では古くから知られていたが、多彩な活動の全貌が近年見直され始めている。1887年にパリの古文書学校を卒業した後、今日のフランス国立図書館アルスナル分館に勤務した著者は、サン=シモン主義関係の厖大な史料の整理を行い、後にこの領域の古典的著作を出版している。1890年代からは世界各地を旅行し、ペルシャ旅行の紀行文を著わしており、これも彼の徹底した実証主義の証しである。古文書学校の卒業論文は「錠前ギルドの歴史」がテーマで、実はこれが本書の出発点となっている。万博史上もっとも華やかだった1900年のパリ万博に企画者として参加した彼は、古い照明器具のコレクションを友人のアンリ・ル=セック=デ=トゥルネルから提供されて展示した。万博の終了後、コレクションはさらに多くの収集品を含めて、ルーヴル宮に開設されたばかりの装飾美術館に預けられ、1924年、ルーアン市の「金具の博物館」の創設とともにここに収められた。その際、解説付きの2巻本の目録をつくり、その1冊『鉄・鋼製品の雑貨』が改めて刊行されたのが本書である。ただし挿図は、著者のコレクション等に置き変えられてる。
道具の類は歴史から消えて捉えにくい。本書は日常生活史や服飾史はもちろん、美術史、文学など歴史と関わるさまざまな領域で使える貴重なレファレンスである。