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愛書家が紡ぐパリの女性と服飾流行

新實 五穂 お茶の水女子大学准教授

 

 ある著作の序文には、フランスの服飾流行に関して、次のような一文が存在している。「かつてのモードは常に好奇の対象で、少し古臭いモードは滑稽である。ただ現在のモードだけが生活を活気づけ、その魅力や魅惑を強要し、疑問視されることはない。」この文章が、1898年に刊行された『パリのモード 女性の嗜好と美学の多様化 1797-1897』の序文に寄せられたものであることを知ると、19世紀末のフランス女性にも21世紀の日本女性にもある種同等の心性が共有されているに違いないと考えてしまう。そして現代に通底する近代フランスの風俗を理解する上で、同書の著者であるオクターヴ・ウザンヌ(Octave Uzanne, 1851-1931)の存在を、さらには彼が著した論考を軽視することはできないという思いを強くする。彼の作品を通して、服飾史家はフランスモードの実情に触れ、衣服とともに用いられる装飾品にまつわる歴史を知るであろう。また女性史家はパリで暮らす多様な階層の女性たちがどのような職業に就き、生活の糧を稼いでいるかを認識すると同時に、彼女たちがいかなる社会規範や倫理観の下で生きているかを理解するであろう。加えて、彼の著作の中には色刷り版画が付属しているものがあり、当時の風俗版画を検討する美術史家にも役立つであろうし、彼の著作には文学作品が少なからず引用されており、フランス文学者が参照すべきものであることは間違いないであろう。いくつもの学問分野からの意義を見出せるウザンヌの著作が、このたび四作品もまとめて復刻される運びとなったことは、非常に歓迎すべき事柄である。

 今回、復刻される四作品は出版された時代順に、『扇』・『パラソル 手袋 マフ』・『パリの女性 我々の同時代人 さまざまな階層・境遇・環境におけるこの時代のパリジェンヌ』・『パリのモード』である。1882年に刊行された『扇』と同作の成功に続き、翌年に刊行された『パラソル 手袋 マフ』は、いずれも女性を日常的に彩る小さな装飾品に着目し、ものとしての歴史をまとめた作品になっている。多様な地域を対象としながら、関連する文学作品の描写を収集して、扇や日傘・雨傘、手袋・ミトン、マフ・毛皮について記述された著作は、まるで文献目録を集成したかのような内容である。そこに中世の写本装飾を思わせる少し褪せた色調の挿絵が、画家で版画家の筆名ポール・アヴリルこと、エドゥアール=アンリ・アヴリル(Édouard-Henri Avril, 1849-1928)の手によって施され、二作品に豪華で壮麗な印象を与えている。。

 これらの刊行から10年以上を経た1894年に『パリの女性』が、1898年に『パリのモード』が、色刷りの挿絵や版画が付される形式で出版されている。前者の『パリの女性』は、パリで生活を営む女性たちを余すことなく記述する目的で、多種多様な職業や階層に目を向けていることが全4章、全18節の構成からうかがえるため、ここで目次を紹介しておきたい。第1章「同時代人の生理学」は「同時代のパリジェンヌ」、「ヌード」、「パリの装い」という3節で、女性の身体や装い、お洒落や贅沢について述べられている。続く第2章「さまざまな階層・境遇・環境におけるパリの女性」は「パリ女性の地理学」、「使用人」、「労働者」、「商人と小売店主」、「商店の女性と従業員」、「行政機関の女性」、「女性芸術家と文学かぶれの女性」、「劇場の女性、喜劇役者・歌手・踊り子・曲馬師・曲芸師」、「スポーツをする女性と両性具有者」、「パリのブルジョワ階級」という10節で、19世紀後期のパリで女性たちに許された職種やその仕事内容、労働環境が明瞭に綴られている。さらに第3章「倫理的規範から外れる女性」は「下層の売春」、「ブルジョワの売春」、「秘密の売春」、「現在の売春婦」という4節で、下層から上層までの売春婦の状況や彼女たちの手練手管が紹介されている。最後の第4章「同時代人の心理学」は「同時代人、娘・妻・母」という1節で、家庭婦人としての女性のあるべき姿が示されている。このような女性たちの姿を如実に描いたピエール・ヴィダル(Pierre Vidal, 1849-1913?)の版画が、おおよそ各節ごとに1枚掲載され、当時の女性たちが置かれていた状況を補足している。後者の『パリのモード』は19世紀の服飾流行の変遷をテキストで辿りながら、挿絵画家フランソワ・クールボワン(François Courboin, 1865-1926)の手による100枚の服飾版画を活用することで、パリの都市風景や社会的な出来事とともに、主に女性の装いを提示している。たとえば、1797年の版画においてロンシャンで1頭立て競馬車に騎乗する古代趣味の女性の装いを、1842年の版画においてブローニュの森での女性用乗馬服(アマゾーヌ)を、1865年の版画においてエドゥアール・マネの作品≪オランピア≫を観賞する女性のクリノリンスタイルを、1871年の版画においてパリ・コミューンの通行許可書を提示する女性のバッスルスタイルを、1896年の版画において世紀末の新スポーツに興じる女性のサイクリング姿を描いている。とりわけ秀逸なのは「版画室にて、かつてのモードを探し求めて、1897年」というタイトルが添えられた、100枚目の版画である。19世紀末の装いをした二人の女性が図書館の版画室で服飾版画を見ながら会話を交わす光景が描かれており、ご夫人たちが服飾流行の歴史を学び、懐古趣味的な装いの探究をしているようにも、読者がウザンヌの著作を見ているようにも見受けられる。いずれにせよ、彼の名を最も知らしめた著作の一つである『パリのモード』は、服飾こそが社会の中で支配的な観念の際立った表徴であることを改めて教えてくれる、19世紀フランス社会の縮図と言える。