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児童文学・Life Writing・感傷小説

三浦 玲一 元一橋大学教授

 

 

 Life Writing シリーズのパート2と3は、アメリカの女性作家のシリーズである。19世紀の広義の「感傷小説」の書き手(パート2)、それから、19世紀末から20世紀初頭の広義の児童文学の書き手(パート3)による、自伝、伝記、書簡集などからなる。目録を見渡して気づくのは、シリーズにすることで見えてくるものである。

 もちろん、各々独立した資料として、つまり、各作家についての基礎資料としても重要である。The Wide, Wide Worldの作家の伝記と書簡集があり、『小公子』のモデルになったとも言われる息子による母の伝記がある。2006年に新たな伝記が刊行されいわば再発見された、Elizabeth Prentissの書簡集がある。

 だが、各巻を互いに関連させる豊かな縦糸と横糸も知ってほしい。このシリーズの読み方は一通りではない。たとえば、このシリーズを歴史資料として読むこともできる。Kate Douglas Wigginは、貧民の子弟のための幼稚園をサン・フランシスコに最初に開設した人物だし、Gene Stratton-Porterは、当時、著名な環境保護活動家であったと同時に、自身の名を冠した映画会社を設立した人物である。これは、もちろん、当時の女性としては異例のことであった。

 この資料をきっかけとして、パート3のBurnett以外の、今日ではあまり顧みられることのない児童文学を再読することも実り多いだろう。WigginRebecca of Sunnybrook Farmも、Stratton-PorterA Girl of the Limberlostも、Johnston“Little Colonel”シリーズも、RiceMrs. Wiggs of the Cabbage Patchも、同時代においてはきわめてポピュラーなテキストで、版を重ね、翻訳され、映画化されたり、テレビ化されたり、ラジオ・ドラマ化されたりしている。

 だが、そういったことをすべておいておいたとしても、19世紀から20世紀初頭の女性によるlife writingを読むことは、種々の新たなる驚きをわれわれに与えてくれるはずだ。そこで語られる世界観は、人種の問題、奴隷制や移民の問題、ジェンダーの定義、家事労働の意味や美徳の定義について、それから、階級と貧富の差と慈善行為の意義について、次から次へと新鮮でまた歴史的な洞察を提示している。

 1990年代以降、多文化主義、ポストコロニアリズム、ディアスポラ研究、トラウマ研究、フェミニズム等の多様な文脈において、life writingは大きな脚光を浴びるようになった。児童文学研究においては、多文化主義教育の普及とともに、エスニックな「私」とアメリカ人としての主体の構築の二重性を分析する場として、とりわけエスニック・マイノリティのlife writingが重視されることになる。そして、life writingへの関心は、最終的に、子供が大人になるプロセスを注視し、アイデンティティ形成についての物語を紡ぐ場としての児童文学全般に、新たな光を投げかける。

 近年の「感傷小説」の再評価の流れは、それら作品が「アメリカ」性をどのように扱い、「アメリカ」というネーションの成立にどのような役割を果たしてきたかを、分析の中心的な対象としてきた。このことを踏まえながら、かつての児童文学の作者たちが、子供から大人へのイニシエーションの過程を、どのような種類の「アメリカの物語」として語っていたかを理解することは、その時代とその時代の児童文学を学ぶために有意義なばかりでなく、おそらく、現在のわれわれがアメリカとアメリカ的なるものをどのように理解しようとしているかをもう一度理解しなおすためにも、決定的に重要となるだろう。

 有意義なコレクションである。