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アメリカ経済「黄金期」における消費のイメージと実像

梅﨑 透 フェリス女学院大学教授

 

 市場原理が政治や人びとの生活を支配する新自由主義の時代だと言われて久しい。スターバックスで一杯のコーヒーに3ドルも4ドルも払うのは、たんに味や香りや癒やしだけではく、「ステイタス」「罪悪感からのお手軽な解放」「予測可能性(プレディクタビリティ)」を得るためなのだとブライアン・サイモンは指摘する。つまり、自分の「居場所」「コミュニティ」「幸福」「先進国と発展途上国との格差の是正」がコーヒーの香りに漂っている時代なのだ1。しかし、消費することの意味が21世紀転換期に突如として変化したわけではない。アメリカにおける「消費」の重要性は、20世紀半ばに顕著に高まり、政治性をともなって人びとの生活を変化させてきた。

 今回復刻されたMontgomery WardとSears Roebuckの通販カタログは、アメリカ経済の「黄金期」にあたる1965年に発行されたものである。「黄金期」は神話化され、アメリカのミドルクラスのアイデンティティのよりどころになっている。第二次世界大戦後の経済成長は、低いインフレ率と失業率を伴って、人びとの生活を「豊か」にした。GIビルのおかげで多くの復員兵は大学に進学し、働き始めると郊外に住宅を購入した。そこでは、自動車やテレビ、洗濯機などの耐久消費財を購入し、理想化されたミドルクラスの家族生活を謳歌した。世界に誇るべき「アメリカ的生活様式」が、現実のものとしてアメリカ社会に広がったのである。

 カタログは、こうした黄金期の「神話」を裏打ちするかのようなイメージで溢れている。表紙や巻頭を飾るのは女性と子供のファッションで、男性ものがそれに続く。「古き良きアメリカ」の雰囲気をまとったワンピースやスラックスのたぐいは、それ自体が当時のミドルクラスの価値観を体現しているかのようだ。冊子の中程には冷蔵庫($449.95)、テレビ($479.95)、一体型オーブン($333.95)、カーステレオ($119.00)などの耐久消費財が並び、さらには健康グッズのほか、旅行鞄、庭に設置する簡易プールなどライフスタイルを提案する商品が溢れる。そこから得られる情報は、服飾史、生活史、産業デザイン史などの分野で貴重な一次史料となることは間違いない。たとえば、すでに復刻されている1942年度版や1950年度版と比較すると、男性服のページが減り、子供服が増えるなど、ベビーブームに伴う家族生活の比重の変化なども見えてくる。

 しかし、アメリカ社会において消費行動が持つ政治的含意を考えると、また別の側面が見えてくるかもしれない。歴史家リザベス・コーエンはA Consumers' Republic (2003)において、神話化された20世紀半ばの「大衆消費社会」に切り込んだ。彼女によると、「消費者共和国」の起源は、一般に信じられている1950年代ではなく1930年代の恐慌期にあった。そして1950年代に本格化した大衆消費社会の文化は、生活水準の均質化をもたらすどころか、階級・ジェンダー・人種に沿った市場の分断をもたした。さらに、消費行動は人びとを他人指向型の体制順応的で非政治的な存在にしたのではなく、むしろ消費を通して政治に訴える力を持つ市民を形成したのだと論じる2

 1965年版のカタログに登場するモデルは、言うまでもなく、すべて「白人」である。そして、「白人」の女性や男性が表現するミドルクラスのライフスタイルは、人種的・ジェンダー的・階級的な排他性と拘束力を持って読者に提示される。コーエンは、郊外、モール、学校という大量消費の空間において、不平等はより強化されたのだと分析する。たとえば、ブルーカラーがホワイトカラーのような生活スタイルを持ったとしても、その階級的境界は厳然と残った。「豊か」な女性の暮らしぶりは家族生活のなかに位置づけられ、社会の中での一個人としての自律的行動を抑圧した。通信販売カタログという実際の消費空間を冊子に閉じ込めた媒体においても、こうしたパワフルな市場の論理が働いていることは予測できる。さらに、通信販売をおこなう消費者という主体が地理的、社会的にどういう位置にあったのかを確認できれば、また違った「黄金時代」像が描かれうるだろう。

 1960年2月にグリーンズボロで開始された「すわりこみ」は、人種隔離された消費の空間(ランチ・カウンター)を舞台とした。60年代はラルフ・ネーダーが牽引して消費者運動が再び盛り上がった時期でもある。カウンター・カルチャーやフェミニズム、環境運動が消費のかたちを変えていくのも60年代後半から70年代にかけてであった。しかし、消費者がいくら市場に働きかけ、変革を求めても、こうした政治性を含んだ消費行動自体が資本主義にあらかじめ埋め込まれているのだという議論もある。現在のわれわれがおかれた立ち位置から、資本主義と消費と社会の関係を分析し考えるにあたって、復刻がすすむ通販カタログシリーズは、実に多弁である。

 

1:ブライアン・サイモン著・宮田伊知郎訳『お望みなのはコーヒーですか?――スターバックスからアメリカを知る』岩波書店、2013年、272, 280-281頁。

    

2:Lizabeth Cohen, A Consumers’ Republic: The Politics of Mass Consumption in Postwar America (New York: Knopf, 2003).