近年、歴史学では第一次世界大戦についての研究が盛んである。理由のひとつは、100年という時間の経過にあるだろう。1世紀の隔たりは、ある歴史的事件が今日の世界にどんな痕跡を残し、どのような未来を導いたのかを考えるのに、遠すぎず近すぎない適度な距離となる。たしかに、二度の世界大戦を挟み20世紀初頭から1940年代にかけて、世界は大きく変化した。イギリス帝国の首都ロンドンも、その変化を免れえなかった。今回、アティーナ・プレスから刊行が始まるModern London, 1900–1940は、このメトロポリスの変貌を豊富かつ多様な図版と文章で伝えてくれる。
本シリーズの本年度刊行分は3部構成である。おおよそ時系列に沿った構成だが、部ごとに明白な特徴がある。第1部は、ヴィクトリア時代の終焉とともにロンドンの街角から消え去った、もしくは消え去りつつある建築物や情景をとりあげる。エッチングや水彩画には、前世紀への強い郷愁の念があらわれている。一方、第2部のWonderful Londonは、今現在のロンドンの全貌を、その輝かしい過去と来るべき未来との双方の視点から俯瞰するトポグラフィーの王道である。写真がふんだんに用いられ、作家やジャーナリストによる解説も詳しく、読み応えがある。この時代の旅行者になった気分で、ビッグ・ベンやブリティッシュ・ミュージアムといった観光名所をひとつひとつ眺めていくのも面白い。個人的な関心からいえば、通勤時間帯のロンドン・ブリッジのバスと歩行者の行列、ロンドン動物園に溢れる家族連れの見物客など、日常空間の中の群衆の写真に興味がわいた。まさにヨーロッパで群衆心理学が隆盛していた頃だからである。このように読み手次第で、いろいろなインスピレーションをあたえてくれるという意味でも、タイトルどおりWonderful な史料である。さらに、ハロルド・P・クランによる3冊を収録した第3部も、第一次大戦後から第二次大戦後までのロンドンの変化を、同一著者の視点から記録したもので史料的価値が高い。ロンドンの都市再開発や戦後復興を扱っているところが特徴で、ダイナミックな工事現場の写真が目につく。あたかも、都市そのものの生命活動が眼前で繰り広げられているかのようである。
このようにModern London, 1900-1940は、常に変わり続けるロンドンを懐古する者の視点、俯瞰する者の視点、構想する者の視点から、語り、描き、ファインダーに捉えたものである。その史料的価値は、イギリス史にとってだけでなく、イギリス文学・文化研究や、都市史、建築史、社会史にとっても高いものとなるだろう。さらに、科学史・技術史にとっても重要な史料となるはずである。たとえば、Wonderful Londonには、造幣局の大型機械による貨幣の鋳造工程、動物園から鳥の鳴き声を届けようとするラジオ試験放送の様子、グリニッジ天文台で標準時に時計をあわせる男性の写真が掲載されている。科学技術が都市の日常に浸透し、自明の生活基盤となる様子が垣間見える。
もうひとつ、本シリーズの価値は、今からおよそ100年前の人々が、かれらにとっての過去100年のロンドンをどのように表現し、追体験し、歴史として残そうとしたのかを示しているところにある。第1部に収められたDisappearing London(1927)は、「都市改良というのは、ようするに大規模解体のようなものだが、ロンドンでは100年ごとにあるといわれている」という文章で始まる。改良の名のもとに、リージェンツ・パークからリージェント・ストリートへと至る一帯が再開発され、ウェスト・エンドを南北に走る街路が整備されたのは、その名が示すとおり摂政期(1811〜20年)のことだった。それから100年後、リージェント・ストリートは
Modern Londonには、今から1世紀前のロンドンの歴史がおさめられているだけではない。当時の人々がさらにその1世紀前、つまり摂政期やヴィクトリア期からの変化をどう生きてきたのかの歴史がつまっている。本シリーズを手にすることは、100年を2度遡ることなのである。そこには、ふたつの「ロンドン」との出会いが待っている。そんな面白い出会いを、逃す手はあるだろうか。
なお、アティーナ・プレスでは、続編を企画中とのことである。こちらもあわせて期待したい。