20世紀初頭、アフリカ系アメリカ人は、堅固に形作られた人種差別体制に対して、さまざまな形で抵抗・闘いを始めていた。今回復刻される
Negro Year Book(『黒人年鑑』)は、その最中に社会学者モンロー・ワークによって編集され、1912年に初版がタスキーギ学院から出された。黒人社会のあらゆる側面に及ぶ調査を整理した「百科事典」として1952年まで断続的に刊行された本書は、実践的な学問としての黒人研究の「原点」と言えるものであり、その特徴は、次の4点にまとめられる。
テーマの幅広さ
歴史・政治・経済などの社会問題だけでなく、文学・音楽・絵画・演劇(後には映画)などの文化・芸術分野も幅広くカバーしており、1918-19年の第5版からはスポーツも取り上げている。
国際性
初期からラテンアメリカ・アフリカの黒人にも着目している。海外事情を扱った部分の分量も、最初は10ページ程度だったのが、1931-32年の第8版からはヨーロッパも含めて地域ごとに独立した部門となり、第9・10版では優に100ページを超えるまでになった。
時事性、継続性
厳密には毎年刊行される「年鑑」ではなく、間が空いているが、その間の出来事も丁寧に拾い上げているので、20世紀前半の黒人をめぐる状況を通時的に総覧できるようになっている(歴史部分も刊行ごとにアップデートされている)。
それぞれの時代への目配りの好例としては、1916年の第4版、18-19年の第5版に記載されている、映画「国民の創生」(映画史では、撮影技法を集大成し映画の「文法」を確立した最初期の長編劇映画とされているが、内容的には、南北戦争・再建を誤りと断じKKKを称賛する反動的作品)に対する抗議運動が挙げられる。
毎回構成が変化するため継続して追いにくいテーマもあるが、変化自体が時代の要請に柔軟に対応したことの証であり、それぞれの巻で何が重視されているのか自体が非常に興味深い。
客観性/正確さ
党派性を排除して、事実とデータに語らせるという方針を貫いている。そのため、タスキーギから出ているにもかかわらずNAACPの活動やデュボイスの論説を紹介し、さらにはガーヴェイの主張や汎アフリカ会議も取り上げている。
多数の表(最終第11版[1952年]では図版・写真も)を用い、資料的な価値も高い。また、特に統計数字には絶対の自信を持っており、間違いを見つけたら賞金を出すと豪語するほどであった。
書物の性質上やむを得ないことではあるが、上のような特徴は、逆に言えば、記述が雑駁かつ総花的で、独自の主張がない、ということにもなり得る。しかし、各巻で描かれている黒人世界の横の広がりを丹念に読み解き、その変遷を縦に眺めてみれば、そこに、当時の黒人知識人の問題関心/認識のあり方が、おのずと浮かびあがってくる(モンロー・ワークの没後に刊行された第10・11版の執筆者には、歴史学のレイフォード・ローガン、社会学のオリバー・コックスなど、錚々たるメンバーが名を連ねている)。
彼らが「黒人であること」の現実とその意味をどのようにとらえていたのかは、黒人研究の学説史として重要なだけでなく(各巻末には詳細な文献目録が付いている)、同時代のさまざまな表現活動を、その前提にさかのぼって考えるための鍵となるはずである。
実は、本書は、アメリカの著名な研究大学の図書館ですら、全巻揃いで所蔵しているとは限らない、貴重なものである。それが、時期も近接し内容的にも重複が多い初期の数冊を除いて、すべて復刻されるのは、誠に喜ばしい。アメリカの人種問題や黒人史を学ぶ人だけでなく、文学や音楽などの黒人文化、あるいは、もっと広く、世界各地の人種・民族関係に興味のある人たちが、ぜひ参照すべき文献である。紙媒体の特性を生かして、ぱらぱらめくったり、別の巻と並べて読み比べるなどして、ワークが心血を注いだライフワークを、文字通り、縦横に活用してもらいたい。