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世紀転換期イギリスのグラフィック・デザインの宝箱

菅 靖子 津田塾大学准教授

 

 情報の視覚化の起源は文明の誕生までさかのぼるが、近代グラフィック・デザインの発展は、白黒の文字刷りから挿し絵や色彩を取り入れたレイアウトへ転換したところに大きな契機がある。広告でいえば、これは「ビラbill」もしくは「ただのポスター」から絵柄が主要な構成要素であるポスターへの動きであった。イギリスではこれがさらに発展して、20世紀初頭までには芸術性の高いポスターは「ポスター芸術」と呼ばれ、芸術形態のジャンルのひとつとみなされるようになった。

  ポスターの制作技術面でイギリスがいかに進歩していたかは、「ポスターの父」とよばれるフランス人ジュール・シェレがリトグラフの技術習得のためにロンドンに赴いたという事実からもうかがえる。イギリスでは早くからポスターという広告メディアを芸術形態のひとつとして認識する土壌が形成されていた。美術と商業の橋渡しとなるポスターに芸術性をもとめた世界初のポスター展「芸術的絵画的ポスター国際博覧会」は1894年にロンドンのロイヤル・アクアリウムにて開催されている。

  上述の博覧会の4年後、1898年に『ザ・ポスター』が創刊されたことも、まさにこの流れに沿うものであった。この年は、質悪な商業広告の増加を問題視した人々によって公共広告乱用監視協会が設立された年でもある。「芸術的」なポスターへの社会的ニーズがひときわ高まっていたといえるだろう。

  『ザ・ポスター』には、日本でよく知られているオーブリー・ビアズレーだけでなく、商業広告を多く手がけたダドリー・ハーディやジョン・ハッサルらが頻繁に登場する。またシェレやアルフォンス・ミュシャ、スタンランなど、大陸で活躍したデザイナーによる作品も数多く紹介されており、19世紀末におけるグラフィック・デザインの相関関係がよくわかる。なかでも、当時流行していたアール・ヌーヴォー様式は、イギリスではあまり人気がなかったといわれるが、『ザ・ポスター』誌上にはこの様式の作品が数多く見受けられる点は興味深い。たとえばダドリー・ハーディは、ロイヤル・アカデミーに出展し「戦争芸術家」としても活躍していたが、フランスのポスターから多大な影響を受けたことがよくわかる。彼はその中から、やや硬質の、イギリス的とも呼べるアール・ヌーヴォーのデザインを発展させていったのである。

  『ザ・ポスター』には、広告デザインに加えて、スタンランやハーディほか、作品が掲載されているデザイナーへのインタビュー記事や、彼らによるポスター論などのテキストも充実している。これはイギリスの美術デザイン史にとどまらず、イギリス文化史、そして広告史の貴重な一次資料である。