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新しい美の夜明け――雑誌「ポスター」1898~1900

河村 錠一郎 一橋大学名誉教授

 

 1898年6月に創刊された雑誌「ポスター」は、世紀末に出現した新しい美の形に徹底してこだわり、その美に殉教して2年余で命を断った。同時期に現れた新時代芸術の旗手として有名な「ステュディオ」が、ビアズリーを特集し彼の表紙デザインで鮮烈なデビューを果たしながら延々と命を永らえて風化していったのに比べると、その存在感は鮮やかである。

 「ポスター芸術」が生まれたのは、周知のように、ロートレック、ミュシャ、シェレ、など名だたるアーティストが街角芸術に進出してからのことである。イギリスではJ.E.ミレイの絵画(「子供の世界」1886年公開)が石鹸会社のポスターに転用されて大きな話題になり、また物議を醸したことはよく知られているが、これは版権を買い取られて転用されただけで、初めからポスター用に描かれたわけではない。「ポスター」に度々登場するのはJ.プライドと共同で「ベガースタッフ・ブラザーズ」の名で仕事をしたウィリアム・ニコルスンなど、馴染みの名もあるし、本誌で初めて知るデザイナーもいる。

 雑誌「ポスター」はポスターを新たなアートのジャンルとして認識し、販売効果の観点でなく、あくまでアートとして評価する視点から、世のさまざまなポスターの紹介と批評を中心に据え、デザイナーへのインタビュー、デザイナーの短い伝記、外国ポスターとその作家たちの紹介・批評記事、またコレクターたちの手引きや参考になる記事(対象はレストラン・メニュー、劇場プログラムなど広範囲)を載せている。さまざまな商品や演目や催しのポスターが俎上に上がっていること、そしてそれらが鮮烈な画像で紹介されているので、時代を写し出す鏡といってもよく、世紀の変わり目における社会を隅々まで照らして見せてくれる、貴重な歴史資料で、美術や文学(登場人物たちの嗜好品にいたるまでの情報など)だけでなく、史学や社会学など、さまざまな分野にとって重要な文献であり、図像資料集である。デザイナーと広告主・事業家との応酬(前者はアートに拘泥し後者は製品名や会社名を際立てることに拘る)なども記されていて、アートとはなにかをめぐる美学上の資料としても無視できない。  

 私にとって発見だったのは、ポスター芸術の雑誌といいながらポスター関連だけでなく、一般の美術雑誌や美術展の記事もあって、この意味でも時代の証言者になっていることだった。創刊された1898年6月といえば、当時のイギリスを代表する巨匠バーン=ジョーンズが17日に亡くなっている。「ポスター」は7月号にその死を悼み、「芸術は長く、人生は短かし」の記事を載せた。「彼が目指したのは優美なものを再現描写するだけの魂の抜け落ちたアートではなかった。力に満ち、エネルギーに富み、なかんずく、目的を持っていた。一方にロマンスと詩、もう一方に自然といわゆるリアリズムという、稀有な結びつきを果たしていた」と評し、ラファエル前派の中で「もっともデコラティヴなアーティストだったし、今日のデコラティヴなポスターを目指す動きに少なからず影響のあった画家であった」と、この雑誌らしい指摘をしている。  

 図版満載で、漫然と頁を繰るだけでも楽しく、楽しみながら時代の相貌が具体的に読み取れる本誌は、さまざまな分野で貴重な資料として役立つに違いない。