Athena Press

 

遊歩者のためのカタログ

大久保 譲 専修大学教授

 

 The Posterは1898年6月に創刊され、1900年末までのわずか二年半、正確に19世紀末と併走した美術雑誌である。ロートレックやシェレやミュシャの活躍によりヨーロッパ大陸で隆盛を極めていたポスター芸術を、英国に普及させるという理想が創刊号には掲げられていた。一頁あたり二葉・三葉と、ふんだんに図版を使用して、ヨーロッパ大陸の美麗なポスターを紹介し、同時に低評価に甘んじている英国の然るべきポスター作家を顕揚する。返す刀で、単なる「商業目的」に堕したポスターは手厳しく論難し、芸術性に理解のない広告主の横行を嘆く。毎号掲載されるポスター作家たちへのインタビューでも、「商業性」と「芸術性」の対立が繰り返し話柄にのぼる。ポスターを、その宣伝する商品と切り離し、芸術としての側面のみで評価するという姿勢は、本誌において一貫している。その一方、これは興味深い矛盾だが、ポスターそのものは紛れもなく商品として取り扱われている。なにしろ、掲載されたポスターは編集部を通じてすべて頒布可能だと謳われているのだ。そう、この雑誌はポスター収集家に向けられたカタログでもあった。

 この雑誌の記事が、いずれもベンヤミンのいう遊歩者(フラヌール)の視点で書かれているのは面白い。代表的なのが“Hoardings”(広告板)と題された連載記事で、毎月、ロンドンの街頭に飾られたポスターを取りあげ、論じるのだ。評者は街をさまよい、めぼしいポスターを探しまわる。演劇のシーズンともなればいそいそと劇場に赴き、しかし劇そのものには触れずに、新たに登場したポスターについて嬉々として書く。パリ、アムステルダムといった海外特派員の記事も同様で、それぞれの街を歩きながら、目に留まったポスターを論評していくというスタイルが取られている。The Posterの副題はAn Illustrated Monthly Chronicle、街角に一定期間だけ掲示されては消えていくエフェメラルな芸術を記録した、確かにこれは得難いクロニクルなのだ。

  ただし、しばしば指摘されるように、19世紀都市の遊歩者の視線がそのまま男性の視線であることは言うまでもない。ある記事では端的にこう書かれている。「パリ特派員が適切に述べたとおり、女性が中心的な役割を担っているということがポスター芸術の原則と言えよう。私はそれにつけ加えたい、女を探せ(シェルシェ・ラ・ファム)、と」。そして遊歩者の視線にさらされたポスター=女性は、先に述べたとおり、そのままコレクターによって収集の対象にもなる。ほとんどの号で表紙に女性像があしらわれているのも、この雑誌の言説空間が、徹底して遊歩者にして収集家たる男性のまなざしに支えられている証左にほかならない。美麗な図版の数々を眺めているだけでも楽しいThe Posterだが、「美しさ」を「楽しむ」その視線のありよう自体に反省を迫ってくるという点において、文化史の研究者にとってはいっそう貴重な雑誌になっている。