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<文学の社会史>から19世紀後半のアメリカを探るのに格好な資料

吉田 新一 立教大学名誉教授

 ‘Illustrated Magazine’(絵雑誌)と言えば、日本では20世紀に入ってから『赤い鳥』(1918年創刊)『金の船』(1919年創刊)など大正期に大流行したが、英米では19世紀後半にその種の児童向け絵雑誌が盛んに出版された。いずれも当時における印刷技術の進歩、流通手段の発達、児童教育に対する関心の高まりなどが背後にあったが、英米では特に、同条件下でセンセイショナルな内容の(アメリカでは Dime novels、イギリスでは Penny dreadfulsShilling shockers などと軽蔑された)俗悪雑誌も出現したので、それらに対抗して青少年の健全な育成に資する良質な雑誌が、悪貨が良貨を生む形で、誕生したと言えよう。そして、多数の競争誌の中で、アメリカでは St. Nicholas (1873年創刊)が、イギリスでは The Boy’s Own Paper (1879年創刊)が、20世紀のイラストレーションを含む児童文芸の発展・充実に大きく寄与する結果となった。英米のこの両誌の研究は、広く児童文化の流れを跡づけるのに欠かせぬ一分野と言える。

 St. Nicholas : Scribner’s Illustrated Magazine For Girls and Boys (1873年創刊)について言うならば、先ず Social history of literatureという観点から、時代背景との関連づけが必要であろう。同時に、雑誌主幹であった Mary Mapes Dodge の基本方針と当時の American dreams との絡み合いも検証の必要があろう。また、上記イギリスや日本の同系統の絵雑誌との比較なども通して、St. Nicholas 誌のアメリカ(独自)性も問わなければならないだろう。私個人で言えば、同誌で活躍した Howard PyleA. B. FrostReginald BirchPeter NewellWanda GagDorothy LathropRobert Lawson 等の仕事を、この度の復刻によって跡づけて、アメリカの児童向けイラストレーションの草創期における一ページを確かめてみたいと思っている。 

 

 

 

 

 

アメリカ児童文学研究に朗報

藤野 紀男 元十文字学園女子大学教授

 児童文学の研究には作家や作品の背景にある時代の流れや子供たちの文化に関する十分な知識が必要とされます。ところが、英米の児童文学研究においては英米の児童文化についての文献資料が大変に少ない上に、あるものにしても入手が困難であることが多いというのが実情です。

 幸いなことに児童文学の発展につれて少年少女向けの児童雑誌が次から次へと発行されましたので、それらから背景としての児童文化の一端をうかがい知ることができます。とくに、19世紀中頃から20世紀前半にかけて発行された少年少女雑誌の中には、偏りが少なく、内容も良いものがあり、資料的価値が高いと言えます。

 中でも、1873年から1940年まで発行されたSt. Nicholas〔セント・ニコラス〕という

雑誌は、アメリカでもっとも優れた少年少女雑誌としての評価をほしいままにしたものです。広い内容と質の高さを誇っていて、投稿者の中にL.M. オールコット(183288)、M.トウェイン(18351910)、F. H.バーネット(18491924)、R. L. スティーヴンスン(185094)、R. キプリング(18651936)などが名を連ねていました。

 この貴重な資料もこれまではまとめて目を通すことがなかなか出来ませんでした。今回リプリント出版されることになったことは、アメリカ児童文学研究、さらには比較児童文学研究を志しているものにとっては大変な朗報で、研究の発展に寄与することが大きいことは間違いありません。この出版企画を心から歓迎します。

 第一期としては1873年から1886年までの分が13回に分けて出版される予定ですが、残りについても出版を予定しているとのことで、近年にない壮大な企画となることは間違いありません。この壮挙の成功を切に念じております。

 

 

 

 

 

復刻出版の意義

三宅 興子 梅花女子大学名誉教授

 『アメリカの児童雑誌「セント・ニコラス」の研究』を、科研費を得て出版したのは、20年前の1987年のことでした。プロジェクト研究(日本イギリス児童文学会でメンバーを公募した)も、児童雑誌の研究もはじめての取り組みで、なにもかも、手探り状態であった。メンバーにコピーを配るのが大変な労働であったことをなつかしく思い出します。いま、「セント・ニコラス」誌が、リプリント版になるということを知って、大変うれしくおもいます。

 私たちのプロジェクト研究では、児童文化・児童文学という枠組みでしか論じていないのですが、この雑誌は、それだけではおさまらず、もっと、いろいろのところからアプローチできる可能性が高いものです。児童雑誌は、時代を非常にわかりやすく反映しますから、その時代の感覚を知ったり、時代の呼吸にふれたりする楽しみも格別です。今後、多くの研究者がその楽しみに参加できることで、アメリカ学に新しい視野がひらかれることでしょう。

 「セント・ニコラス」誌は、1873年の創刊で1940年まで続いた息の長い雑誌ですが、そこには、一貫してアメリカの理想主義が流れています。世紀の転換期、第一次および第二次世界大戦に及ぶ間にも、民主主義、自由と寛容の精神、階級性のなさなどアメリカが目標として掲げてきた理念が随所に読み取れることは、現在の世界を考えるヒントとしても興味深いものです。この復刻によって、さまざまの分野で新しい知見がでてくることを楽しみにしています。

 

 

 

 

 

『セント・ニコラス』誌とアメリカ文化史

高田 賢一 青山学院大学教授

 『セント・ニコラス』誌は、南北戦争後のアメリカを代表する児童雑誌であり、アメリカ社会と子ども文化史を色濃く反映する総合的な児童誌でもある。19世紀後半、アメリカではアルジャーに代表される成功物語、ダイムノベルと呼ばれる通俗小説、西部を舞台とするウェスタン小説など、子どもの心を惹きつけるストーリーが大流行するが、次代を担う子どもたちにリアルな知識と教養、そして読書の喜びを与えようと意図したのが、子どもの守護神を標榜する『セント・ニコラス』であった。

 この雑誌の人気の秘密は、その幅広い編集方針にあったと思われる。投稿欄の設置や懸賞原稿の募集、豊富な挿絵や実用的な記事を掲載して子どもとの距離を縮めたことに加えて、物語、詩、エッセイ、伝記等に重点を置き、執筆者たちも一流の作家や挿絵画家たちを揃えた。初代編集長のドッジは、文章の質と挿絵の重要性をよく認識していたのである。ブライアント、ロングフェロー、英国詩人テニソンなど当代一流の詩人たちに加えて、トウェイン、オルコット、バーネットらが連載物語を書いている。挿絵ではパイル、パリッシュ、レミントンなど著名な画家たちを動員した。

 雑誌の魅力を高めたもう一点は、当時話題の博物誌を重視した点ではないだろうか。19世紀後半のアメリカでは都市化が進んだ反動として、「自然に帰れ」という気運が強まる。そのような社会の動きを反映するかのように、『セント・ニコラス』誌は創刊当初から博物誌に注目し、ネイチャーライターのジョン・バロウズやシートンらを起用した。彼らは、自然界の魅力と野外観察の楽しさを子どもたちに教えたのである。

 雑誌の愛読者だったというレイチェル・カーソンの『沈黙の春』以降、人間と自然の関係を重視するネイチャーライティングが注目されるようになったが、そのような観点からもこの雑誌には大きな意義があり、豊かな研究対象となるだろう。

 半世紀以上も続いた『セント・ニコラス』誌は、子どもに託した夢と希望を通して、アメリカ社会と文化の動きが読み取れる貴重な文献なのである。