Athena Press

 

オスカー・ワイルド編集The Woman’s World の完全復刻版の刊行によせて

  玉井 暲 武庫川女子大学教授
  角田 信恵  岐阜聖徳学園大学教授

 

イギリス19世紀末はジャーナリズムの時代であった。The Fortnightly Review, The Westminster Review, The Nineteenth Centuryなどのメジャーな雑誌のほかに、The Yellow Book, The Savoyなどのリトル・マガジンが隆盛を極めたことがよく知られている。これらの雑誌のなかでも、オスカー・ワイルドが編集主幹を務めた女性向け月刊誌The Woman’s World は、従来はあまり真正面から研究の対象に取り上げられることがなかったのだが、最近ワイルドの文学活動をより広範な文学的・文化的・社会的コンテクストに立って読み直そうとする動きに沿って俄然注目され始めた。ワイルドがThe Woman’s Worldの編集に関わったのは、1887年春から1889年秋にかけての2年余りの期間であった。

 単独の編集者によって刊行される雑誌は、その雑誌に掲載された多種多様な記事を網羅して通読しなければ編集方針も、編集者の個性も、そしてその雑誌を取り巻くジャーナリズムの状況も十分に理解できない。そこで、この度の企画においては、ワイルドが編集長としThe Woman’s Worldの編集に当たった2年間の雑誌、第1号から24号までの計24冊(188711月号~188910月号)を完全復刻することとした。この24冊の雑誌には、編集長オスカー・ワイルドの名前がその各号の表紙に堂々と掲載されている。したがって、本雑誌は、未来のワイルドのすがた、90年代に入って爆発的に活動を開始する個性的な文学者の片鱗をうかがわせる特異な資料ともなっている。

 ワイルドは、編集長としての最終期に入ると編集への情熱を失い最後の数号は惰性的であったといわれているが、それでも各号の表紙には必ず編集長ワイルドの名前が記載されていた。しかしこの名前も188910月号を最後にして消える。その後、雑誌The Woman’s Worldの刊行は続行されたが、その命は1年しかもたなかった。

 ワイルドの編集長としての活動は極めて意欲的で、かつ野心的ですらあった。18875月にCassell社の総支配人Wemyss Reidから編集を引き受けて以来、ワイルドは自分の周辺にいる著名な文学者・知識人に執筆依頼の手紙を書き続け、特に女性の執筆陣の確保に奔走した。実際、The Woman’s Worldの執筆者は、90%以上が女性である。しかも注目すべきことにほとんど署名入りである。ここには、女性が、文学、芸術についてはいうまでもなく、みずからの地位・立場、女性の高等教育(たとえば、オックスブリッジにおける女子学寮の状況)、女性の職業(教師、医師など)、女性参政権、女性の服装・ファッションなどの問題に新しい関心をもつことを期待する編集者の方針が貫かれている。この新しい知的な女性読者層をターゲットにした意図は、雑誌のタイトルを、The Lady’s Worldから The Woman’s Worldに変更した事実からも明らかである。19世紀末のイギリスでは、“New Woman”という新しい言葉の流行に窺われるように、“Woman”は、女性の新しい地位・立場を自覚し是認する姿勢を含意する言葉であったのである。

 執筆陣には、Ouida, Arthur Symons, Olive Schreiner, Marie Corelli, Violet Fane などの文学者の他に、女性問題の代表的活動家Lady Fawcett、編集長の母Lady Wilde、妻Constance Wildeも含まれている。ワイルド自身も健筆を揮った。創刊号から5号にわたって、“Literary and Other Notes”と題するエッセイを発表し、1889年の1月号から6号にわたって“Some Literary Notes”を執筆し、またこの他に2篇のエッセイを寄稿している。これらの13篇からなるコラム記事あるいはエッセイは、そのテーマは主に文学中心であるが、ここに、この後に迎える全盛期ワイルドの文学者としての原風景を窺うのは難しくはない。

 オスカー・ワイルドという異色の文学者の単独編集によって刊行された女性向け月刊誌The Woman’s Worldは、このように、文学、芸術から、教育、社会問題、それに女性の服装に至るまで、イギリス世紀末の文化現象のもつ多面性を網羅的にカヴァーする総合雑誌としての性格をもっている。女性だけでなく男性の読者の獲得をも狙った編集者の方針は、今日、男性・女性がともに読んで興味を覚える記事を多数含んでいることからも、一定の成功を収めたといえる。この意味において、The Woman’s Worldは、19世紀イギリスにおける文学、芸術、文化、思想、歴史、女性問題、ジェンダー表象等の諸問題を総合的に把握・研究するのに最適のジャーナルといえよう。

 この度の、オスカー・ワイルド編集The Woman’s World188711月号~188910月号)、全24号の復刻が契機となって、ジャーナリズムの観点から、イギリス世紀末の文化現象総体への斬新な研究が拓かれていくことを期待したい。