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オスカー・ワイルドとジャーナリズム

河内 恵子 慶應義塾大学教授

 19世紀後半のイギリス文壇において、ジャーナリズムをもっとも騒がせた作家はオスカー・ワイルドであろう。「唯美主義の伝導師」として振舞うワイルドの言動は、新聞や雑誌にとって恰好の題材であった。また、「名前を世間に知ってもらいたい作家」にとって、ジャーナリズムはきわめて重要な宣伝媒体であった。両者の関係は微妙なバランスを保っていたといえる。そして興味深いことに、その人生において2年間だけワイルドはジャーナリストとして活動したことがある。1887年から1889年にかけて、彼は女性月刊誌の編集長を務めたのだ。

 1886年に創刊されたThe Lady’s World の編集を依頼された時、妻と二人の息子を養うべき立場にあったワイルドは、安定した収入が約束されることに安堵感を覚えるとともに、雑誌編集という新しい世界に挑戦してみたいという強い好奇心を抱いたようである。雑誌出版社の責任者に宛てて書かれた1887年の手紙を読むと、ワイルドが雑誌に新機軸を持ち込もうとしていたことが解る。彼の意見をみてみよう。「知性と教養と地位のある女性にとってThe Lady’s World とは俗悪な名称なのでThe Woman’s World に雑誌名を変更する」「ファションを中心に置くのではなく文学、美術、旅行、社会問題等、さまざまなテーマを扱う」「文芸批評欄では女性によって書かれた作品を多く紹介してゆく」等。

 その年の11月、著名な女性たちを執筆陣にもつThe Woman’s Worldが出版された。編集長はもちろんワイルドであ。彼が携わったのは全部で20号にすぎないが、それらは当時の進歩的な女性の考えを具体的に伝える重要な資料となっている。また、ほかの作品では容易には明かされないワイルドの女性観や文学の嗜好が明白に表明されている。

 1886年に同性愛者としての生を生き始めたワイルドにとって、女性雑誌編集はどのような意味をもっていたのだろうか。彼が理想としていた雑誌の形態とは如何なるものであったのだろうか。ワイルドとジャーナリズムの関係はまだまだ研究されねばならない領域だ。

 1889年に編集の仕事を辞して後、彼がいわゆる定収入の職業に就くことはなかった。旺盛な創作活動と深く、複雑になってゆく二重生活が破滅の時まで続く。The Woman’s World は、成功と破滅への旅の前の最後の砦であったのかもしれない。この雑誌 のリプリント出版は嬉しい。オスカー・ワイルドを新しい角度から見つめる機会となるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

ファッション記事と合理的な衣服 188711月~188910

佐々井 啓 日本女子大学教授

 The Woman’s World には、「今月のファッション」としてロンドンの流行が述べられている。また、「パリファッション」の紹介記事、子ども服、外国の服飾の紹介、手袋、帽子、靴などの付属品や服飾史、服飾産業、衣服製作などの記事もみられ、他の婦人誌と大差ないように思われる。しかし、その内容を細かく読み解いてみると、いくつかの特徴を指摘できる。

 まず、創刊号である188711月号では、当時流行していたバッスル・スタイルは「ウェストの後部の大きな膨らみはスタイル上よくない」といい、「必要なのはプリーツが自然に下に落ちるように、わずかに高く持ち上げることである」という意見が述べられている。さらにパリでも「スポーツをする女性が男性のファッションを優雅に着こなしている」として、新しい女性用ジャケットが紹介されている。1887年から88年にかけて後ろ腰を膨らませたバッスル・スタイルは最も大きくなって最後の花を咲かせた時期であるが、流行のドレスを批判している記述は本書の特徴をなすものであろう。それは、スポーツ服の紹介記事が多くみられることと関係しているようである。すなわち、スポーツ服は実用性、機能性が重視されるものであり、形態の工夫だけでなく素材の扱い易さと健康上の利点から、ウールの使用が推奨されるなど、さまざまな角度から述べられている。

 さらに、ワイルドは、当時の婦人服はどんな手仕事にも、ビジネスにも適さない、といい、「流行はいつも我慢できないほど醜いものであるため、半年ごとに変えなければならない」といい、さらに、「流行はあらゆる健康の法則や衛生の原理に背いている」ともいう。そして着心地のよい衣服はティー・ガウンやテーラー・メイドの衣服である、と述べている。

 このような当時の衣服についての見解は、ワイルドが合理服協会の活動に積極的に参加していたことと関係があるだろう。本誌の記事は、単に流行の衣服を紹介するのではなく、女性の身体を締め付けたり、不自然に膨らませたりしない自然な形態の衣服が最も美しいものである、という見解を示している。ここにはワイルドの主張がこめられており、本書によって、ワイルドの服飾観がよりいっそう理解されるのではないだろうか。